- 西村誠司|7000万円の借金から売上98%減の危機まで乗り越えた異色の経営者
- 西村誠司のプロフィール|愛知県出身、名古屋市立大学卒業の起業家
- 起業から2年で7000万円の借金|最初の事業が失敗した理由
- 空港で友人を4時間待たせた経験から海外携帯電話レンタルが誕生
- イモトのWiFi誕生|社内の反対を押し切ったブランド名変更
- 2013年の情報流出問題|上場計画と会社経営を揺るがした危機
- 売上98%減からの再起|コロナ禍でPCR検査事業を立ち上げた決断
- にしたんARTクリニック|自身の不妊治療経験から生まれた新事業
- 「にしたん社長」が自ら広告に登場する理由
- 総工費30億円の豪邸と経営者としての現在地
- 西村誠司の経営に共通する「困りごとを事業に変える」という発想
- まとめ
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西村誠司|7000万円の借金から売上98%減の危機まで乗り越えた異色の経営者
「イモトのWiFi」と「にしたんクリニック」。一見すると接点がない海外通信サービスと医療関連事業を手がけてきたのが、エクスコムグローバル株式会社の代表取締役社長・西村誠司(にしむらせいじ)さんです。
25歳で起業したものの、わずか2年で7000万円の借金を抱えることになりました。その後、海外用携帯電話のレンタル事業で再起し、「イモトのWiFi」を全国的なブランドへと成長させます。
しかし2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって海外渡航が激減し、主力事業の売上高は98%減少。再び会社存続に関わる危機に直面しました。
西村さんが新たに挑んだのは、通信とは異なるPCR検査サービスでした。約1か月で事業を立ち上げ、会社を立て直す大きな転機となりました。
2026年10月19日放送予定の日本テレビ系『ヒルナンデス!』では、CMでおなじみの西村社長の総工費30億円の豪邸が紹介されます。
現在は不妊治療を支援する事業にも取り組む西村さん。幼少期の生活から、起業後の失敗、独自の広告戦略、危機からの再起、そして現在の仕事へと続く歩みを紹介します。
この記事でわかること
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西村誠司社長の年齢・出身地・学歴・経歴
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起業2年で7000万円の借金を抱え、事業を立て直した経緯
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「イモトのWiFi」と「にしたんクリニック」が生まれた背景
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売上98%減の危機から再起した方法と現在の事業
西村誠司のプロフィール|愛知県出身、名古屋市立大学卒業の起業家
公式動画:イモトのWiFi「オーディション」篇CM・メイキング映像
西村誠司さんの基本情報
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氏名:西村誠司(にしむら せいじ)
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生年:1970年
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年齢:56歳になる年(2026年)
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出身地:愛知県
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出身大学:名古屋市立大学経済学部
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卒業年:1993年
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前職:アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)
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起業:1995年
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現職:エクスコムグローバル株式会社代表取締役社長
西村さんは1970年に愛知県で生まれました。
現在は複数の事業を展開する経営者ですが、幼少期から恵まれた環境で育ったわけではありません。著書『最強知名度のつくり方』では、経済的に厳しかった少年時代や、自力で大学を卒業するまでの経験にも触れています。
1993年に名古屋市立大学経済学部を卒業し、アンダーセンコンサルティングに入社しました。
同社では、JR東海の会計システムの設計・開発や、郵政省の電子ネットワーク端末導入に関するコンサルティング業務を担当しています。
就職活動の面接では、将来起業するつもりであることを伝えていました。本人が後に語ったところによると、3年で退職して独立するという考えを持っていたそうです。
実際にはその予定を早め、入社から約2年後の1995年に独立しました。
同年11月、25歳で有限会社インターコミュニケーションズを設立。現在のエクスコムグローバルにつながる会社の出発点です。
起業から2年で7000万円の借金|最初の事業が失敗した理由
西村さんが最初に挑戦したのは、現在のWi-Fiレンタルとは異なる事業でした。
当時注目したのは、音声メッセージを使って情報をやり取りする「ボイスメールシステム」です。
インターネットがまだ現在ほど普及していない時代、音声による情報交換を新しいサービスとして事業化しようと考えました。
しかし、この事業は期待どおりには成長しませんでした。
起業から約2年が過ぎた27歳のころには、借金が7000万円にまで膨らんでいたのです。
2026年に文藝春秋で発表した本人の回想では、資金繰りが行き詰まり、新しい事業を始めなければならない状況だったことが語られています。
当時の西村さんは、事業のアイデアを見つけるためにアメリカへ向かいました。
目的地はラスベガスで開催されるIT関連の展示会です。
渡航費用を確保することも簡単ではなく、結婚前の妻から50万円を借りて出発しました。
ところが、展示会では次の事業につながるアイデアが見つかりません。
手がかりを得られないまま、帰国前にアメリカ在住の友人を訪ねることにしました。
その移動中に起きた出来事が、西村さんの経営人生を変えることになります。
空港で友人を4時間待たせた経験から海外携帯電話レンタルが誕生
ラスベガスからサンディエゴへ向かう途中、乗り継ぎの飛行機が遅れました。
迎えに来てくれる友人に連絡を取りたかったものの、当時は海外で携帯電話を手軽に使える時代ではありません。
結果として、友人を空港で約4時間も待たせてしまいました。
この経験から西村さんが着目したのが、海外で使える携帯電話を旅行者や出張者に貸し出すサービスです。
当時、日本から海外に渡航する人が現地で電話を使うには、さまざまな不便がありました。
海外用の携帯電話をレンタルできれば、同じような困りごとを抱える人に利用してもらえる。その発想が、新しい事業につながったのです。
西村さんはアメリカの携帯電話20台を確保し、海外出張の多い法人向けに貸し出しを始めました。
1997年、海外用レンタル携帯電話事業がスタートします。
企業の海外出張という具体的な需要をつかんだことで、事業は少しずつ拡大しました。
アメリカ向けだけでなく、ヨーロッパなどにもサービスを広げていきます。
本人の回想によると、7000万円の借金は約3年で返済することができました。
当初の事業計画が成功したのではなく、自分が海外で感じた不便から新しい商機を発見したことが、再起への転機となりました。
イモトのWiFi誕生|社内の反対を押し切ったブランド名変更
海外用携帯電話のレンタル事業を成長させた西村さんは、通信技術の変化にも目を向けました。
2008年ごろ、海外の通信事業者との交流を通じて、今後は音声通話よりもデータ通信が重要になるという考えに触れます。
インターネットを使えば、音声通話だけでなくメールやさまざまな情報のやり取りができるようになります。
西村さんは海外のデータ通信回線を活用するビジネスに可能性を見いだし、2008年6月に国際モバイルデータ通信サービスを開始しました。
当初は法人の海外出張向けが中心で、ノートパソコンにUSB型の通信端末を接続する方式が使われていました。
転機となったのは、スマートフォンとSNSの普及です。
旅行先の写真を撮ってすぐに共有し、海外にいながら日本の家族や友人とやり取りする人が増えていきました。
それまで法人向けだった海外データ通信に、個人旅行者という大きな市場が生まれたのです。
そこで西村さんが打ち出したのが、タレントのイモトアヤコさんの名前を冠した「イモトのWiFi」でした。
エクスコムグローバルの公式沿革では、2012年にブランド名を変更したとされています。
従来の「グローバルデータ」という名称に比べ、誰にでも覚えてもらいやすい名前にすることを狙いました。
朝日新聞のインタビューで西村さんは、ブランド名を変えることについて、当時ほかの役員全員が反対していたと振り返っています。
それでも社長としての判断で変更を進め、イモトアヤコさんを起用した広告を展開しました。
その結果、「海外に行くならイモトのWiFi」というサービス名を広めることに成功します。
商品の性能や料金を細かく説明する前に、まず名前を覚えてもらう。
西村さんの経営において、知名度そのものを事業の成長につなげるという考え方が形になった事例です。
2013年の情報流出問題|上場計画と会社経営を揺るがした危機
イモトのWiFiが認知され、会社が成長する一方で、西村さんは大きな経営上の危機にも直面しました。
2013年、顧客のクレジットカード情報が流出する問題が発生したのです。
2026年に文藝春秋へ寄せた本人の文章では、この出来事を経営人生における最大の失敗として挙げています。
当時、会社は株式上場を計画していました。しかし、情報流出への対応を優先し、上場計画を延期することになりました。
西村さんによると、この判断をめぐって経営幹部との間に深刻な対立が生まれました。
当時はアメリカに生活拠点を置き、日本の会社へは定期的に帰国していた西村さん。信頼していた幹部たちとの関係が悪化し、自分の会社へ行くことさえ怖くなったと振り返っています。
それでも、顧客への対応と会社の立て直しに取り組みました。
社内で協力してくれる人を探し、経営理念を共有できる仲間を少しずつ増やしていったのです。
7000万円の借金を抱えた創業期とは違い、このときは成長した会社の経営者として、顧客への責任と組織運営の難しさに向き合うことになりました。
売上98%減からの再起|コロナ禍でPCR検査事業を立ち上げた決断
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大は、エクスコムグローバルの主力事業に大きな打撃を与えました。
海外渡航が制限され、海外用Wi-Fiレンタルの需要が急減したのです。
同社が公表した数字では、売上高は98%減少しました。
それまで順調に成長してきた事業が、外部環境の急変によって立ち行かなくなりました。
このとき、西村さんは通信事業の回復だけを待つのではなく、別の需要に着目します。
知人から、会社で新型コロナウイルスの陽性者が出ても、PCR検査を受けられる場所が見つからないという話を聞いたのです。
当時は検査体制が十分ではなく、必要な人が検査を受けられないことが社会的な課題となっていました。
西村さんは、この需要に対応するサービスを立ち上げることを決断しました。
2020年7月下旬に具体的な事業化を考え始め、約1か月後には、にしたんクリニックのPCR検査サービスを開始します。
必要となったのは、検査機器や施設の確保、専門的な技能を持つ人材の採用などです。
通信事業とは異なる分野であり、短期間で体制を整えるには多くの課題がありました。
それでも事業を立ち上げ、検査需要に対応していきます。
西村さんが2026年のラジオ出演で語った内容によると、サービス開始から115日目となる2020年12月11日には、PCR検査事業の1日当たり売上高が1億円を超えました。
エクスコムグローバルの公式情報では、PCR検査サービスの利用件数は、その後3年間で900万件以上に達しています。
海外用Wi-Fiで培った認知度を高める手法と、需要に合わせて事業を立ち上げる判断力が、危機からの再起を支えました。
にしたんARTクリニック|自身の不妊治療経験から生まれた新事業
西村さんが次に力を注いだのが、不妊治療を支援する事業です。
2022年6月、東京都内に不妊治療専門の「にしたんARTクリニック」新宿院を開院しました。
この事業には、西村さん自身の経験が関わっています。
にしたんARTクリニックの公式インタビューによると、西村さんは家族でアメリカに滞在していた時期に、自身も不妊治療を経験しました。
そのとき、日本とアメリカの不妊治療環境の違いを実感したと語っています。
特に重視したのが、仕事を続けながら治療を受けられる環境です。
日本では、不妊治療のために仕事を休まなければならない場合があり、通院時間を確保することが負担になる人もいます。
そこで西村さんが打ち出したのは、通いやすさを重視したクリニックづくりでした。
にしたんARTクリニックの主な特徴
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主要駅から通いやすい場所に開院
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平日は夜22時まで診療する院を設置
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土日祝日にも診療する体制
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仕事と不妊治療の両立を考えた診療環境
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医師や胚培養士など専門職が治療を担当
これらは治療の成功を保証するものではありませんが、通院の負担を減らすための取り組みです。
2025年3月には東京丸の内本院が開院。2026年6月には名古屋栄院が開院し、同年7月時点で全国13院を展開しています。
通信事業から医療関連事業へという大きな転換ですが、本人が経験した不便や課題を事業の出発点にするという点では、海外携帯電話レンタルの誕生とも共通しています。
「にしたん社長」が自ら広告に登場する理由
西村さんは、エクスコムグローバルの経営者としてだけでなく、「にしたん社長」という名前でも知られています。
有名タレントを起用したCMや、印象に残る音楽、繰り返し耳にするサービス名など、広告の作り方にも特徴があります。
西村さんが重視しているのは、商品やサービスを消費者に知ってもらうことです。
どれほど優れたサービスでも、その存在が知られていなければ利用を検討してもらえません。
そこでサービス内容を詳しく説明する前に、ブランド名を覚えてもらうことを重要視しています。
本人がテレビCMに登場したり、SNSで発信したりすることも、こうした活動の一部です。
2022年には、その考え方をまとめた著書『最強知名度のつくり方 売上98%減からのV字逆転を実現した必勝術』をKADOKAWAから出版しました。
本の中心となるのは、知名度をどのように高め、それを事業の成長に結び付けていくかというテーマです。
西村さんの広告戦略は、単に目立つことを目的としたものではなく、会社やサービスを知ってもらうための経営手法として位置付けられています。
総工費30億円の豪邸と経営者としての現在地
西村さんは高額な住宅や高級車でも知られ、メディアで自身の暮らしを紹介してきました。
経営者としての成功を視覚的に伝える発信も、自身の知名度を高める活動と結び付いています。
一方、会社の現在の事業は幅広く、海外向け通信サービスに加えて、医療関連支援や飲食店運営などにも取り組んでいます。
エクスコムグローバルの主な事業
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海外用Wi-Fiレンタル「イモトのWiFi」
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海外用携帯電話レンタル「グローバルセルラー」
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国内用プリペイドSIMなどの通信サービス
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「にしたんクリニック」に関するメディカル支援
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「にしたんARTクリニック」に関するメディカル支援
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飲食店運営サービス
会社の本社は、東京都渋谷区の渋谷スクランブルスクエア26階に置かれています。
西村さんは2019年の本社移転に際し、従業員が自分の会社や職場を誇りに思える環境を作りたいという考えを表明していました。
また、渋谷は会社を創業した場所でもあり、西村さん自身にとって特別な意味を持つ街です。
個人としての華やかな発信が注目される一方で、経営者としては、従業員と事業を支える責任にも言及しています。
西村誠司の経営に共通する「困りごとを事業に変える」という発想
西村さんの事業には、業種を越えて共通する特徴があります。
最初の転機は、アメリカで友人に連絡できず、空港で長時間待たせてしまった経験でした。
その不便から、海外用携帯電話レンタルという事業が生まれました。
次の大きな転機は、スマートフォンとSNSの普及です。旅行先でもインターネットを使いたいという需要を捉え、イモトのWiFiのブランドを広げていきました。
2020年には、自社の主力事業が大きな危機を迎える中で、検査を受けられない人がいるという社会的な問題に着目しました。
さらに、自身の不妊治療経験から、仕事と治療を両立しやすい環境づくりへと事業を広げています。
西村さんが率いるエクスコムグローバルは、経営理念として、独自のサービスを創り、利用者に喜んでもらえる仕事を通じて世の中を変えていくことを掲げています。
実際の事業の歩みを見ると、特定の業界にこだわるのではなく、世の中に必要とされるサービスを探してきたことがわかります。
ただし、挑戦のすべてが成功してきたわけではありません。
起業直後の7000万円の借金、2013年の情報流出問題、2020年の売上98%減少など、経営が揺らぐ出来事も経験しています。
西村さん自身も、事業には初めから確実な成功方法があるわけではなく、複数の挑戦の中から成功につながるものが生まれるという考えを語っています。
成功した事業だけでなく、その前に重ねてきた失敗と試行錯誤も、西村さんの経営を理解するうえで重要な部分です。
まとめ
西村誠司さんは、1970年愛知県生まれ。名古屋市立大学を卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、25歳で起業した経営者です。
最初の事業では7000万円の借金を抱えましたが、海外での体験をきっかけに携帯電話レンタル事業へ進出。その後、「イモトのWiFi」を広めました。
2020年には売上98%減という危機に直面しながら、PCR検査サービスを立ち上げ、事業を立て直しています。
現在は、自身の経験も生かし、にしたんARTクリニックの展開を支える事業にも取り組んでいます。
西村さんの歩みを振り返ると、華やかな広告や事業の成功だけでなく、失敗したときに次の需要を探し、新しい仕事へと踏み出してきた姿が見えてきます。
参考リンク
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