ブラックマンデーとは?1987年に株価が1日で22.6%暴落した理由
ブラックマンデーとは、1987年10月19日(月曜日)に米国の株式市場で起きた歴史的な大暴落です。ニューヨーク・ダウ平均株価はわずか1日で508ドル(508.32ポイント)、22.6%下落しました。この下落率は、現在まで米国のダウ平均で最大の1日下落率として知られています。
2026年10月26日放送予定のNHK総合『映像の世紀バタフライエフェクト』では、ウォール街の「10月の悪夢」として、1987年のブラックマンデーと金融市場を動かした人物たちが取り上げられます。なぜこれほど急激に株が売られたのか、現在の市場に残った教訓をわかりやすく整理します。
1987年10月19日に何が起きた?22.6%暴落の規模
1987年10月19日の米国株式市場では、売り注文が一気に膨らみ、株価が急落しました。ダウ平均は前営業日の終値約2247から約1739へ下落。下落幅は508.32ポイント、下落率は22.6%に達しました。
たとえば、値動きがダウ平均とまったく同じ投資商品に100万円を投じていたと仮定すると、たった1日で約77万4000円になる計算です。これは暴落の大きさを示す例であり、実際の投資商品の価格や為替の動きは異なります。
当時の市場は世界的につながりを強めており、米国で始まった混乱は翌日の東京市場などにも波及しました。
なぜ株価は暴落した?3つの要因
ブラックマンデーの原因を一つだけに特定することはできません。米連邦準備制度(FRB)などの分析では、複数の要因が重なったと説明されています。
- 米国の貿易赤字や金利への不安:経済の先行きへの警戒が強まり、投資家が株を手放し始めました。
- 市場に広がった売りの連鎖:売り注文が買い注文を大きく上回り、取引が成立しにくい状態になりました。
- プログラム売買とポートフォリオ・インシュアランス:相場下落に合わせて売る取引が、さらに下落を強めたと指摘されています。
とくに三つ目の仕組みは、ブラックマンデーを理解する鍵です。ただし、コンピューターによる売買だけが暴落を引き起こしたと断定できるわけではありません。
ポートフォリオ・インシュアランスとは?売るほど下がる悪循環
ポートフォリオ・インシュアランスは、資産価格が下がったとき、株価指数先物などを売って損失を抑えようとする運用手法です。「保険」という名前が付いていますが、一般的な損害保険のように損失が必ず補償される商品ではありません。
相場が少し下がった段階では、売却によってリスクを減らす合理的な方法に見えます。しかし、多くの投資家が同時に同じ仕組みで売り始めると、次の悪循環が起こり得ます。
- 株価が下落する
- 損失を抑えるため自動的に売り注文が増える
- 売り注文を受け止める買い手が不足する
- 株価がさらに下落し、売りが追加される
1987年には先物市場と現物株式市場も連動し、取引量の急増や価格情報の遅れが混乱を広げました。米ボストン連邦準備銀行の研究でも、この問題は単なるプログラム売買だけでは説明できず、市場の取引能力や流動性不足が重要だったとされています。
ブラックマンデーの翌日、FRBとグリーンスパンはどう動いた?
当時のFRB議長はアラン・グリーンスパンでした。1987年8月に就任したばかりで、わずか2か月後に大きな市場危機に直面しました。
暴落翌日の10月20日、FRBは金融システムを支えるため、必要な資金を供給する用意があると表明しました。銀行を通じた信用供与を支え、市場全体で資金が回らなくなる事態を防ごうとしたのです。
グリーンスパンの経済観に影響を与えた作家については、アイン・ランドの客観主義とグリーンスパンの関係の記事で詳しく紹介しています。
現在の株式市場に残ったサーキットブレーカー制度
ブラックマンデーを教訓に、米国市場では1988年からサーキットブレーカーと呼ばれる取引の一時停止制度が導入されました。急激な株価下落の際、市場参加者に情報を整理する時間を与える仕組みです。
2026年時点の米国市場では、S&P500種株価指数の前日終値からの下落率を基準に、次の段階が設けられています。
- 7%下落:所定の時間帯に達した場合は原則15分間の取引停止
- 13%下落:所定の時間帯に達した場合は原則15分間の取引停止
- 20%下落:時間帯を問わず、その日の取引を終了
7%と13%の停止は米東部時間の午後3時25分以降には原則適用されません。また、制度があるからといって暴落そのものが防げるわけではありません。
1929年の世界恐慌や2008年のリーマンショックとの違い
「10月の株価暴落」は何度も話題になりますが、それぞれ原因や経過は異なります。
- 1929年:10月の株価暴落が世界恐慌につながり、金融機関の破綻や景気の長期低迷を招きました。
- 1987年:10月19日に1日で22.6%下落。取引の仕組みや市場の流動性の問題が強く意識されました。
- 2008年:米リーマン・ブラザーズが9月15日に破綻。住宅ローン問題から広がった金融危機が、10月の株価急落を含む世界的な不況につながりました。
1987年のブラックマンデーは大幅な株価下落でしたが、1929年のような長期の世界恐慌へ直結したわけではありません。株価の下落率と、その後の実体経済への影響は区別して考える必要があります。
まとめ
ブラックマンデーは1987年10月19日にダウ平均が22.6%下落した歴史的な株価暴落です。経済への不安に加えて、プログラム売買、売り注文の集中、市場の流動性不足が重なったと考えられています。翌日のFRBの対応と、その後に整備されたサーキットブレーカー制度は、現在の金融市場にもつながる教訓です。
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