バッレ・ダオスタの「そら豆のスープ」に詰まった山の暮らし
『スープをあなたに届けたい イタリア アルプス そら豆のスープ(9月4日)』で野村友里さんが訪ねるのは、イタリア北西部の山岳地帯バッレ・ダオスタ。そら豆だけでなく、パスタ、黒パン、ソーセージ、チーズまで一緒に煮込む濃厚な一杯です。この材料の組み合わせをたどると、オゼイン村に伝わる郷土料理「Favò(ファヴォ)」と、アルプスの厳しい暮らしから生まれた食文化が見えてきます。
この記事でわかること
- バッレ・ダオスタに伝わるそら豆料理「Favò」の特徴
- そら豆・パスタ・黒パン・ソーセージ・チーズを一緒に使う理由
- 現地に伝わる4人分の詳しい作り方
- 発祥地オゼインと「Sagra della Favò」の歴史
そら豆・パスタ・黒パン・チーズを煮込む郷土料理「Favò」
バッレ・ダオスタで作られるそら豆料理の中で、今回紹介される材料構成とほぼ重なるのが**Favò(ファヴォ)**です。
発祥地として知られるのは、バッレ・ダオスタ州アイマヴィル市の山あいにあるオゼイン(Ozein)。現地ではそら豆、ショートパスタ、フォンティーナ、黒パンを組み合わせた料理として受け継がれています。さらに現在の代表的なレシピには、ソーセージ、玉ねぎ、にんじん、セロリ、トマト、バジル、セイボリーなども使われます。
日本の感覚で「そら豆のスープ」と聞くと、そら豆をペースト状にしたポタージュを想像しがちですが、Favòはかなり違います。
豆料理、パスタ料理、チーズ料理、パン料理が1つになったような食べるスープです。
水分も最後までたっぷり残すわけではありません。そら豆を煮た鍋に直接パスタを入れ、水分を吸わせながら仕上げ、最後にフォンティーナを溶かします。スープでありながら主食として成立するほど食べ応えがあるのが大きな特徴です。
現地のFavòは4人分をこう作る
フォンティーナを扱う現地団体が紹介しているFavòは、4人分で1人250〜300gを想定した一皿で食事になる料理です。
材料は次の組み合わせです。
- 玉ねぎ 20g
- にんじん 50g
- セロリ 25g
- 澄ましバター 15g
- にんにく 1/2片
- トマト 1/2個
- 生ソーセージ 50g
- むいた生そら豆 250g
- フォンティーナDOP 125g
- バジル 5g
- セイボリー 2.5g
- シナモンパウダー 1g
- 固くなった黒いライ麦パン 50g
- 澄ましバター 25g
- 塩 12g
- ディタローニなど短い筒形パスタ 200g
- 水 2.5L
作り始めは、玉ねぎ、にんじん、セロリ、にんにくを細かく刻み、バターでじっくり炒めます。
そこへ皮を外してほぐしたソーセージを加えて炒め、刻んだトマト、そら豆、水、塩を加えます。
ここから約45分、そら豆が柔らかくなりながらも完全に崩れないところまで弱く煮込みます。
そら豆が柔らかくなったらパスタを直接加え、さらに15〜18分。別ゆでではなく、そら豆やソーセージのうま味が溶け出した液体でパスタを煮るのがポイントです。
その間に、1cmほどに切った黒パンをバターでこんがり焼いておきます。
パスタが仕上がる5分ほど前にバジルとセイボリーを入れ、最後に焼いた黒パンをバターごと加えます。
火を止めてから薄く切ったフォンティーナを少しずつ混ぜ、全体に溶かします。仕上げに少量のシナモンを加えて熱いうちに食べます。
そら豆の青い香り、ソーセージの肉のうま味、フォンティーナの濃厚さ、バターを吸った黒パン、パスタのでんぷん質が重なります。
材料だけ見るとかなり豪快ですが、アルプスの寒さの中で体を温め、働くための力を補う料理だったと考えると、この組み合わせにも納得できます。
昔のFavòはもっとシンプルだった
現在知られているFavòにはソーセージや香味野菜が入りますが、古くから伝わる作り方はもっと簡素です。
伝統的な古いレシピでは、まずそら豆を塩水で煮、途中で筒形のショートパスタを加えます。火が通ったところで柔らかく溶けるチーズを入れ、別のフライパンでバター、チャイブ、細かくした黒パンを炒めて鍋へ加えるという作り方でした。
つまりFavòの核となる材料は、
そら豆+パスタ+チーズ+黒パン+バター
です。
ソーセージやトマト、にんじん、セロリなどが加わった形は、より豊かになった後のスタイルでもあります。
郷土料理らしいのは、絶対に1つのレシピだけが存在するわけではない点です。オゼインでは家庭ごとに作り方の違いがあり、それぞれが独自の味を受け継いできました。
なぜアルプスの村で「そら豆」が主役になったのか
Favòを理解するうえで面白いのが、発祥地オゼインとそら豆の関係です。
オゼイン周辺では、かつてそら豆が盛んに栽培されていました。この地域の石灰質で有機物を含む土壌が栽培に適していたことに加え、そら豆は不足しがちな食料を補える重要な作物だったためです。
戦時中には、そら豆を煎ってコーヒーの代用品として使った家庭もあったと伝えられています。
今ならそら豆は春の季節野菜というイメージですが、ここでは暮らしを支える大切な食材でした。
そこへ保存しやすい黒パン、パスタ、地元の乳製品であるチーズ、肉を組み合わせれば、限られた食材からもしっかりエネルギーを取れます。
Favòは単なる「珍しいそら豆料理」ではなく、山の土地で手に入るものを無駄なく組み合わせて暮らしてきた知恵そのものといえます。
「刈り入れをする人たちの料理」として食べられてきた
Favòには、地域の暮らしがよく分かる別名があります。
オゼインではこの料理が地元の言葉でFavòと呼ばれる一方、「lo plat di misadi」=刈り入れをする人たちの料理という意味でも知られていました。
小麦などの収穫作業を手伝う人々に、力のつく食事として振る舞われていたためです。
豆だけではなく、パスタ、パン、バター、チーズまで入る理由もここにあります。
軽い前菜ではなく、長時間働く人がこれ1杯でしっかり食べられる料理でなければならなかったのです。
濃厚なフォンティーナやソーセージが入った現在のFavòを見るとぜいたくに感じますが、その根っこにあるのは華やかな宮廷料理ではなく農作業を支えた家庭料理です。
黒パンをスープに入れるのも山岳地方ならでは
Favòでもう1つ印象的なのが黒いライ麦パンです。
現在のレシピでも、固くなったライ麦パンを細かくしてバターでカリッと焼き、そのまま鍋へ入れます。
パンをスープに浸すだけではありません。
一度バターで焼くことで香ばしさを作り、スープを吸わせても食感が残るようにしています。
古いパンを捨てずにおいしく食べるという点でも、保存食を大切にしてきた山の料理らしさが表れています。
さらにパスタまで加えるため、黒パンが「主食」ではなく具材の1つになっているのもFavòのおもしろいところです。
フォンティーナが溶けるとスープが一気に濃厚になる
味の決め手になるチーズがフォンティーナDOPです。
現地の伝統レシピでも、そら豆とパスタを煮終えた後、火を止めてからフォンティーナを少しずつ加えます。熱でなめらかに溶け、豆とパスタを包むような濃厚な仕上がりになります。
ポイントは、チーズを入れてから強く煮続けないことです。
仕上げの段階で溶かすことで、フォンティーナのコクと滑らかさを生かします。
日本で再現する場合も、チーズを煮込むというより最後に溶かしてまとめると、Favòらしい質感に近づけやすくなります。
発祥地オゼインでは今もFavòの祭りが開かれる
Favòは昔の料理として残っているだけではありません。
オゼインでは毎年7月末、「Sagra della Favò(Favò祭り)」が開かれています。2026年は7月25日と26日に開催され、Favòを中心とした食事のほか、昔の職人仕事の再現、音楽、ダンスなどが行われました。
オゼインはアイマヴィル中心部から約7km離れた山の集落です。アイマヴィル自体は州都アオスタから約8kmに位置し、オゼインからはモンブランやグリヴォラなど周囲の山々を望めます。
Favòが今も地域を代表する料理として扱われていることを考えると、この一杯は家庭の味であると同時にオゼインという村そのものを象徴する郷土料理になっています。
そら豆、黒パン、フォンティーナ、ソーセージ、パスタ。
どれか1つが特別なのではなく、その土地で暮らす人たちが手に入るものを重ねながら作ってきたからこそ、アルプスらしい濃厚な一皿になったのでしょう。
- Consorzio Produttori e Tutela della DOP Fontina「Favò, il piatto principe di Ozein」
- Cooperativa Produttori Latte e Fontina「LA FAVÓ」
- Valle d’Aosta公式観光サイト「Sagra della Favò」
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