安田大サーカスHIROが和歌山へ戻った人生の転機
2026年9月17日放送のテレビ東京系「ナゼそこ?」では、安田大サーカスのHIROさんが、東京での生活から故郷・和歌山へ戻った背景が紹介されます。
番組予告で強調されているのは、かつて体重180kgだったHIROさんを襲った大病と、その後の激やせ、そして和歌山で見つけた現在の暮らしです。調べてみると、移住の直接的な転機は2017年に発症した左脳室内出血でした。病室で涙を流す家族を見たことが、生活そのものを変える大きなきっかけになっています。
この記事でわかること
- HIROさんが和歌山へ移住した理由
- 2017年に発症した左脳室内出血と「生存率20%」の経緯
- 約100kgの減量につながった和歌山での生活
- 現在のHIROさんと和歌山との関わり
HIROが和歌山へ移住した理由は家族の涙と脳出血だった
公式動画:和歌山音頭 安田大サーカスHIRO|テレビ和歌山公式YouTube
HIROさんが和歌山へ戻ったのは、単純に「田舎暮らしをしたかったから」ではありません。
大きな転機となったのが、2017年6月の脳出血でした。
HIROさん本人は後のインタビューで、脳出血後に意識が戻った際、そばで家族が泣いている姿を見たと振り返っています。そして「実家に帰って、ちゃんと痩せて体を徹底的に治そう」と考え、故郷・和歌山で生活するようになりました。
さらに2025年のインタビューでは、東京に暮らしていた頃から「ずっと和歌山に帰りたかった」とも明かしています。
仕事だけを考えれば東京や大阪の方が便利。それでも、人の多い都会より和歌山の暮らしが自分に合っていると感じており、病気が最終的に故郷へ戻るきっかけになったというわけです。
番組予告にある「オカンの涙で人生激変」という言葉は、まさにこの出来事につながっています。
大病は高血圧による左脳室内出血だった
HIROさんが倒れたのは2017年6月16日。
所属する松竹芸能の当時の公式発表によると、自宅で強い頭痛と嘔吐があり、病院を受診。その後、脳神経外科のある都内の病院へ救急搬送されました。
診断は、
- 高血圧による左脳室内出血
- 集中治療室で治療
- その後、一般病棟へ移動
というものでした。
公式発表が出た時点では、脳内の出血は軽度で、言葉の障害や手足のしびれもなく、「命に別状はない」と説明されています。
一方、HIROさんは後年のインタビューで、発症時について医師から「生きる確率は20%」だったと聞かされたことを明かしています。
つまり、「生存率20%」という番組予告と、当時の「命に別状なし」という所属事務所の発表は、時点が異なります。危険な状態を脱した後に公式発表が行われたと見ると、内容は矛盾しません。
HIROさん自身も、救急車に乗ったあたりから記憶が途切れていると語っています。
治療中には意識が混濁し、本人には記憶がない状態で暴れていたこともあったそうです。番組予告にある「記憶を失い暴れ縛られた」というエピソードも、過去の本人インタビューで語られている内容です。
和歌山で約100kg減量 食事とウォーキングを大きく変更
退院後、HIROさんは和歌山の実家で療養し、本格的に体重を落としていきました。
文春オンラインの本人インタビューでは、故郷で休養しながら約100kgの減量に成功したと紹介されています。
その方法は、極端に特別なものではありませんでした。
中心になったのは食生活の改善とウォーキングです。
食事については母親も協力。かつては1食で白米を大量に食べていたところ、白米を1食100g程度に抑えるなど食生活を大きく変えたといいます。
運動では、最初から無理をしたわけではありません。
10分程度のウォーキングから始め、15分、20分、30分と徐々に時間を延ばしていきました。最終的には朝食後、昼食後、夕食後にそれぞれ歩き、1日合計6時間ほど歩いていた時期もあったそうです。
面白いのが、その歩き方です。
HIROさんは不動産を見ることが好きだったため、ネットで売り物件を探し、実際にその場所まで歩いて見に行くことをウォーキングの目的にしていました。
「運動しなければ」と考えるだけではなく、好きなことと結びつけたことで続けやすくしていたことが分かります。
体重は現在も増減しながら健康管理を続けている
一度100kg近い減量をしたからといって、その後ずっと同じ体重だったわけではありません。
2025年のインタビューでは、一時130kgまで増えたものの、再びダイエットして115kgまで落としたとHIROさん自身が語っています。血圧や血糖値を確認しながら、体重が増えすぎたと感じた時には調整する生活を続けています。
現在の松竹芸能プロフィールでは、身長177cm、体重120kgと掲載されています。
ここで大切なのは、テレビでよく見た「激やせしたHIROさん」の姿だけではありません。
大病を経験して以降、体重や血圧などを意識しながら、自分の体と付き合い続けていることが現在まで続く変化です。
和歌山移住後は地元で仕事を続けている
HIROさんは和歌山へ戻った後も芸能活動をやめたわけではありません。
松竹芸能の公式プロフィールには現在、
- テレビ和歌山「わくわく編集部」
- 和歌山放送「安田大サーカスHIROの男じゅく。」
などの地元レギュラーが掲載されています。
自身の公式YouTube「HIRO君ちゃんねる」でも、和歌山県内のグルメや観光地、バイク、車、家庭菜園などを発信しています。
チャンネル紹介にも「和歌山県で楽しい場所や美味しいグルメを」と記されており、東京中心だった芸能生活とはかなり違う活動スタイルになっています。
さらにテレビ和歌山では2025年、HIROさんが歌う「和歌山音頭」の公式動画も公開されました。
病気をきっかけに戻った故郷が、現在では生活の場であるだけでなく、仕事や発信の中心にもなっていることが分かります。
「東京を捨てた」というより故郷で第2の人生を始めた
番組では「東京を捨て和歌山へ移住」と印象的に紹介されています。
ただ、これまでの本人の発言をたどると、東京そのものが嫌になって突然移住したというより、以前から抱いていた「和歌山へ帰りたい」という思いが、脳出血をきっかけに現実になったと考える方が実態に近そうです。
HIROさんはその後、「第2の人生として和歌山を盛り上げたい」とも話しています。地元イベントに出演するだけでなく、運営側に回ることもあるといいます。
大病によって一度生活を止めざるを得なくなり、家族の涙を見て健康と向き合い、故郷へ戻る。
その後は減量だけで終わらず、和歌山を拠点にした新しい仕事と暮らしへつながっていきました。
番組が掲げる「ウェルビーイング」という言葉も、単に痩せたことではなく、どこで、誰と、どんな生活を送るのかまで変えたHIROさんの現在を指しているのでしょう。
まとめ
安田大サーカスHIROさんが和歌山へ移住する大きな転機になったのは、2017年に発症した高血圧による左脳室内出血でした。
危険な状態を乗り越えた後、家族が泣く姿を見て生活を変えることを決意。故郷の実家へ戻り、母親の協力を受けながら食生活を改善し、ウォーキングを続け、約100kgの減量を経験しました。
そして現在は、和歌山で暮らしながらテレビ・ラジオ・YouTubeなどで地元に根ざした活動を続けています。
「ナゼそこ?」で描かれるのは、激やせだけではなく、死の危険を経験したことから暮らす場所も仕事のあり方も変わったHIROさんの第2の人生になりそうです。
参考リンク
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