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掛川城の入場料・アクセス・見どころ|日本初の木造復元天守と重要文化財の御殿、山内一豊の歴史

旅行・観光

掛川城の魅力|410円で楽しめる木造復元天守と江戸時代の御殿

静岡県掛川市にある掛川城(かけがわじょう)は、日本初の本格的な木造復元天守と、江戸時代から現存する国指定重要文化財の御殿を同時に見学できる歴史スポットです。

現在の天守閣は1994年4月に復元されました。一方、二の丸御殿は1855年から1861年にかけて再建された建物が残っており、城主の暮らしや江戸時代の政治の様子を伝えています。

天守閣と御殿の共通入場券は大人410円、小中学生150円。 JR掛川駅から徒歩約7〜10分で訪れることができ、周辺には掛川茶と和菓子を楽しめる茶室もあります。

2026年10月21日放送予定のテレビ東京『よじごじDays』でも、織田信成さんが山内一豊ゆかりの掛川城と城下町を訪ね、歴史や地域の食文化に触れる旅が紹介されます。

掛川城の入場料やアクセス、天守閣と御殿の見どころ、築城から再建までの歴史、二の丸茶室の利用方法を詳しく紹介します。

この記事でわかること

  • 掛川城の入場料・営業時間・アクセス・駐車場

  • 木造復元天守と重要文化財の二の丸御殿の見どころ

  • 今川氏・徳川家康・山内一豊と掛川城の歴史

  • 二の丸茶室の料金と掛川茶を楽しむ方法

掛川城の入場料と営業時間|天守閣と御殿を共通券で見学

掛川市公開の公式VR動画「掛川城天守1階」

公式動画:掛川市「掛川城VR動画」

掛川城では、天守閣と二の丸御殿を1枚の共通入場券で見学できます。

2026年10月時点で案内されている基本情報は次のとおりです。

掛川城の基本情報

  • 施設名:掛川城

  • 所在地:静岡県掛川市掛川1138番地の24

  • 開館時間:9:00〜17:00

  • 最終入館:16:30

  • 休館日:年中無休

  • 電話番号:0537-22-1146

天守閣・御殿の共通入場料

  • 大人(高校生以上):410円

  • 小中学生:150円

  • 20人以上の団体・大人:320円

  • 20人以上の団体・小中学生:120円

障がい者手帳や療育手帳などを持っている人と介護者1人については、無料で観覧できる制度があります。

また、入場券の半券を提示すると、近隣にある二の丸美術館やステンドグラス美術館で割引サービスを受けられます。

天守閣と御殿は同じ共通券の対象なので、それぞれの施設で410円を支払う必要はありません。

天守閣は1994年に復元された建物ですが、御殿は江戸時代の建築物が現存しています。新しく復元された城と歴史的な建物を、同じ料金で見学できることが大きな魅力です。

掛川城のアクセスと駐車場|掛川駅から徒歩約7分

掛川城 ご利用案内|静岡県掛川市

掛川城はJR掛川駅の北側に位置しています。

東海道新幹線の停車駅でもあるため、静岡県内だけでなく、愛知県や関東方面からの旅行でも立ち寄りやすい場所です。

電車でのアクセス

  • 最寄り駅:JR掛川駅

  • 掛川駅北口から徒歩約7〜10分

  • 東海道新幹線・JR東海道本線・天竜浜名湖鉄道を利用可能

車でのアクセス

  • 東名高速道路・掛川ICから約10分

  • 掛川城の専用駐車場はなし

  • 周辺の有料駐車場を利用

主な駐車場

  • 大手門駐車場:約200台

  • 掛川城公園駐車場:58台・乗用車のみ

どちらも有料駐車場です。駐車料金は利用時間などに応じて異なります。

掛川駅から城までの距離は比較的短いため、公共交通機関を利用する場合も徒歩で訪問しやすい立地です。

城の周辺には大手門や歴史的な建物もあり、駅から歩くことで城下町の雰囲気に触れられます。

日本初の本格木造復元天守|1994年に140年ぶりの再建

掛川城の象徴が、白い壁と黒い屋根の対比が美しい天守閣です。

現在の天守閣は、1994年4月に日本初の本格的な木造復元天守として再建されました。

その大きな特徴は、外観を復元しただけでなく、木材を用いて伝統的な城郭建築の姿を再現していることです。

天守閣の主な特徴

  • 復元年:1994年4月

  • 構造:外観3層・内部4階

  • 本体の大きさ:約12m×10m

  • 主な使用木材:青森ヒバ

  • 復元の参考:高知城と掛川城の古い図面

外から見ると3層に見えますが、内部は4階建てです。

最上階の望楼部分が1階や2階と比較して小さいことも特徴で、初期の天守建築の形式を伝えています。

白漆喰で塗り込めた壁や、黒い廻縁・高欄を備えた外観は、歴史的な城郭建築の様式を参考にしたものです。

復元には、樹齢300年を超える青森ヒバも使用されました。

一般的な鉄筋コンクリート造の復元天守とは異なり、木造建築の空間や構造を体感できることが掛川城の大きな見どころです。

木造での再建が実現した理由|1854年の大地震から140年

掛川城の天守閣は、江戸時代末期の1854年に発生した大地震で倒壊しました。

この地震では、天守だけでなく城の多くの建物が被害を受けました。

その後、一部の施設は再建されましたが、天守閣は復元されないまま明治維新を迎えます。

1869年には廃城となり、天守台や本丸跡などは都市公園として整備されました。

天守閣が失われた状態は長く続きましたが、掛川市民による再建への取り組みが進められ、1994年に復元が実現します。

1854年の倒壊から約140年後のことでした。

再建に当たっては、山内一豊が掛川から移った後に関わった高知城も参考にされています。

高知城には現存する天守があり、掛川城との歴史的なつながりを考えるうえで重要な存在です。

掛川城の復元は、単に観光施設を整備する事業ではありませんでした。

地域の歴史を象徴する建物を、伝統的な木造建築として再びよみがえらせる取り組みだったのです。

国指定重要文化財の二の丸御殿|江戸時代の政治と暮らしを伝える建物

掛川城を訪れた際、天守閣とともに見逃せないのが二の丸御殿です。

現在の御殿は、1854年の地震で倒壊した後、1855年から1861年にかけて再建された建物です。

天守閣は1994年の復元ですが、御殿には江戸時代に建築された建物がそのまま残っています。

御殿が使われていた主な目的

  • 城主の住まい

  • 藩の政治を行う役所

  • 公式の儀式を行う場所

  • 来客や家臣との面会

内部は「書院造」と呼ばれる建築様式で、畳を敷いた部屋が襖で仕切られています。

部屋には、城主が公的な仕事を行った空間や、来客との面会などに使われた空間があります。

城というと、戦いのための石垣や天守を思い浮かべますが、江戸時代の城には行政機関としての役割もありました。

二の丸御殿を見ると、城が日常的な政治の舞台でもあったことがわかります。

現存する城郭御殿は全国でも数が少なく、京都の二条城などと並び、江戸時代の建築を伝える貴重な存在です。

その歴史的な価値が認められ、掛川城御殿は国の重要文化財に指定されています。

御殿が残った理由|学校や役場として使われた歴史

二の丸御殿の興味深い点は、明治時代以降もさまざまな目的で使用されていたことです。

御殿は1861年の再建後、1869年まで掛川藩の施設として使われました。

しかし、明治維新に伴って掛川城が廃城になると、建物の役割が変わります。

廃城後の主な用途

  • 勤番所

  • 徳川家兵学校

  • 学校施設

  • 女学校

  • 掛川町役場

  • 掛川市庁舎

  • 農業協同組合

  • 消防署

本来の城主の住まいや藩の役所という役割がなくなった後も、地域の公共施設などとして利用されてきました。

こうした経緯を経て、江戸時代の御殿が現在まで残されています。

御殿は戦国時代の激しい戦いを象徴する建物ではなく、江戸時代の政治や地域社会の変化を伝える建物でもあります。

復元された天守閣と現存する御殿を続けて見学することで、掛川城の異なる時代の歴史を感じられます。

掛川城の築城|今川氏が遠江進出のために築いた城

掛川城の始まりは、室町時代末期にさかのぼります。

当時、駿河を支配していた今川氏は、遠江への勢力拡大を進めていました。

その拠点の一つとして、家臣の朝比奈泰凞に命じて城を築かせました。

掛川城の公式史では、1497年から1501年にかけて龍胴山に築城された城を起源としています。

最初に築かれた場所は、現在の掛川城から東へ約500m離れた位置でした。

この城跡は、現在「掛川古城」と呼ばれています。

その後、今川氏の勢力拡大に伴い、1500年代初頭に龍頭山へ新しい掛川城が築かれました。

掛川が重要だった理由の一つは、東海道の交通の要所だったことです。

東西を行き来する人や物資の流れを押さえるうえで、掛川は戦略上重要な場所でした。

そのため、戦国時代には今川氏、武田氏、徳川氏などが、この地域をめぐって争いました。

徳川家康と今川氏真の攻防|半年に及んだ掛川城の戦い

掛川城の歴史で重要な出来事の一つが、徳川家康による掛川城攻めです。

1560年の桶狭間の戦いで今川義元が討たれると、今川氏の勢力は次第に弱まっていきました。

その後、今川義元の子である今川氏真は、武田信玄に駿河を追われ、1568年に掛川城へ逃れます。

翌1569年、徳川家康は掛川城を攻撃しました。

掛川城をめぐる戦いは約半年に及びましたが、最終的には和睦が成立して開城されました。

これによって掛川城は徳川家康の支配下に入ります。

その後、家康の重臣である石川家成が入城しました。

掛川城は、武田氏の侵攻を防ぐための拠点として重要な役割を果たすようになります。

この戦いは、掛川城が単なる地方の城ではなく、戦国大名の勢力争いに深く関わっていたことを示しています。

山内一豊が掛川城へ入城|天守と城下町を整備

掛川城の歴史において、特に重要な城主が山内一豊(やまうちかずとよ)です。

1590年、豊臣秀吉が天下統一を進める中で、徳川家康は関東へ移されました。

これに伴い、家康の旧領地には豊臣政権の配下にある大名たちが配置されます。

掛川城へ入城したのが山内一豊でした。

一豊は掛川城の大規模な改修を進め、城の防備を整えました。

山内一豊が進めた主な事業

  • 掛川城の大規模な改修

  • 天守の建設

  • 大手門の整備

  • 城下町の整備

  • 大井川の治水事業

それまでの掛川城には、現在の天守につながる本格的な天守がありませんでした。

一豊の時代に天守が建てられ、城郭としての姿が大きく変化したのです。

さらに、一豊は城下町の整備にも取り組みました。

城の防備を固めるだけでなく、周辺の町や交通、生活環境を整えることも城主の重要な仕事でした。

現在の掛川城が「山内一豊ゆかりの城」として知られているのは、このような歴史的な役割があったためです。

山内一豊と高知城のつながり|掛川城復元にも生かされた歴史

山内一豊は、掛川城の後に土佐へ移りました。

1600年の関ヶ原の戦いの後、一豊は土佐一国を与えられ、高知城の築城を進めました。

ここで興味深いのが、掛川城と高知城のつながりです。

現在の掛川城天守を1994年に復元する際、高知城が重要な参考資料となりました。

掛川城を整備した山内一豊が、その後に関わった高知城の建築的な特徴を、掛川城の復元に生かしたのです。

もちろん、現在の掛川城は、江戸時代の天守がそのまま残っている建物ではありません。

残された図面などをもとに、当時の天守の姿を再現した木造建築です。

一方、高知城には江戸時代からの天守が現存しています。

この2つの城には、山内一豊という共通の人物を通して結びついた歴史があります。

掛川城を訪れる際は、山内一豊がどのような城づくりを進めたのかを意識すると、天守閣の見方がさらに深まります。

二の丸茶室|掛川茶と和菓子を楽しめる歴史散策の休憩場所

掛川城を見学した後に立ち寄りたいのが、城内にある二の丸茶室です。

伝統的な数寄屋造りの茶室で、日本庭園を眺めながら掛川茶を楽しめます。

掛川市は茶の産地として知られており、二の丸茶室でも地元のお茶文化を体験できます。

二の丸茶室の基本情報

  • 所在地:静岡県掛川市掛川1138番地の24

  • 営業時間:9:30〜17:00

  • 最終入館:16:30

  • 休館日:年中無休

  • 電話番号:0537-23-1199

お茶とお菓子の料金

  • 大人:510円

  • 小中学生:250円

  • 20人以上の団体・大人:410円

  • 20人以上の団体・小中学生:200円

  • 日本庭園の見学:無料

お茶は煎茶または抹茶から選ぶことができ、地元で作られた和菓子が添えられます。

建物は木造平屋建てで、庭園との調和を大切にした造りです。

天気のよい日には庭園や掛川城を眺められます。

また、二の丸茶室では季節に合わせた茶会なども開催されています。

催事などによって一般営業が変更される場合があるため、訪問前に営業情報を確認してください。

掛川城を見学するときの順番と所要時間

掛川城を初めて訪れる場合は、天守閣と二の丸御殿を中心に回ると、城の歴史を理解しやすくなります。

おすすめの見学順は次のとおりです。

  1. 掛川城天守閣で木造復元建築を見る。

  2. 二の丸御殿で江戸時代の建物や城主の暮らしに触れる。

  3. 二の丸茶室で掛川茶と和菓子を楽しむ。

掛川市では、周辺の施設も含めて巡る歴史散策コースを紹介しています。

公式の散策コースは所要時間120分で、掛川城天守閣、御殿、二の丸茶室、美術館、竹の丸、大手門などを訪ねる内容です。

ただし、120分は市が案内するモデルコースの目安です。各施設でゆっくり見学したり、お茶を飲んだりする場合には、さらに時間が必要になります。

歴史的な建物を中心に見たい場合は天守閣と御殿を優先し、時間に余裕があれば茶室や周辺施設を加えるとよいでしょう。

掛川城周辺の季節の見どころ|春の桜と城下町の風景

掛川城は、建物の内部だけでなく、周辺の景観も楽しめる場所です。

春には、城の周辺に植えられた桜が咲き、白い天守閣と桜の花を一緒に眺められます。

掛川城周辺には、ソメイヨシノやしだれ桜など約130本の桜があります。

一方、秋には城下町を歩きながら、歴史的な建物と季節の風景を楽しめます。

掛川城では、季節の催しや茶会なども行われています。

また、城の周辺には大手門や歴史的建造物が残されており、城だけでなく町全体の歴史に触れられることも魅力です。

掛川駅から歩ける距離にあるため、電車を利用した日帰り旅行でも訪問しやすい城として親しまれています。

まとめ

掛川城は、静岡県掛川市にある歴史的な城郭で、1994年に復元された日本初の本格木造天守と、江戸時代から残る国指定重要文化財の二の丸御殿が大きな見どころです。

天守閣と御殿は大人410円、小中学生150円の共通券で見学でき、JR掛川駅から徒歩約7〜10分とアクセスにも優れています。

歴史をたどると、今川氏による築城から徳川家康と今川氏真の攻防、山内一豊による城の大改修、1854年の大地震、そして1994年の木造復元まで、さまざまな時代の出来事につながっています。

城内の二の丸茶室では、掛川茶と和菓子を楽しむこともできます。

復元された天守と現存する御殿を見比べながら、戦国時代から江戸時代、現代へ続く歴史を体感できることが、掛川城ならではの魅力です。

参考リンク


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