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赤間硯はなぜ800年以上続くのか|吉田松陰も愛用した職人技を『遠くへ行きたい』で紹介

旅行・観光

1つの硯を作るために山へ入り石を掘るところから始まる

2026年9月6日の『遠くへ行きたい』では、美祢市から宇部市へ移動し、約800年の歴史を持つ「赤間硯」にもスポットが当たります。吉田松陰をはじめ幕末の志士にも愛用された硯ですが、現在も職人は完成品を彫るだけではありません。山の坑道へ入り、原石を掘り出し、石を見極め、何種類ものノミを使って形を仕上げています。2026年には宇部市が後継者を探すための仕事体験まで始めており、まさに「今も続いている伝統工芸」です。

この記事でわかること

  • 赤間硯が800年以上続いてきた歴史
  • 吉田松陰と赤間硯の関係
  • 原石採掘から完成までの職人仕事
  • 赤間硯の里の見学方法と後継者育成の現在

赤間硯の始まりは1191年までさかのぼる

赤間硯|買う|一般社団法人宇部観光コンベンション協会公式サイト「うべ旅ナビ」

出典:宇部観光コンベンション協会「うべ旅ナビ」

赤間硯の歴史は非常に古く、1191年に鎌倉の鶴岡八幡宮へ奉納されたと伝えられています。

800年以上前です。

「赤間」という名前は、現在の下関市周辺の古称「赤間関」に由来します。

もともとは下関を中心に作られていましたが、18世紀になると採石の中心が現在の宇部市へ移りました。そのため現在は宇部市と下関市が産地となっています。

1976年には国の伝統的工芸品に指定されました。

吉田松陰が使った赤間硯は今も残っている

番組概要では「吉田松陰にも愛された赤間硯」と紹介されています。

これは単なる観光PRではありません。

宇部市によると、吉田松陰が実際に愛用した赤間硯があり、萩市の松陰神社で御神体となっている例もあります。幕末の多くの志士に使われていたことも伝えられています。

文字を書くための硯は、当時の知識人や武士にとって日常的な道具でした。

現在は書道用品というイメージが強いですが、幕末の志士が手紙や文章を書いていた時代を考えると、硯は今の筆記具以上に身近な仕事道具だったことが分かります。

職人仕事は完成品を彫る前の「採石」から始まる

赤間硯の製作で驚くのが、職人が石を買ってきて加工するだけではないことです。

宇部市の公式説明によると、赤間石は山の坑道から採掘します。

原石は乾燥に弱いため、普段は坑道を水で満たして保護しています。採石するときには水をポンプで抜き、職人が坑道へ入ります。

硯に適した石の層を見つけたら、ピックハンマーなどを使って掘り出します。

さらに原石を軽くたたき、その「音」を聞いて硯石として使えるか選別するそうです。

完成した硯だけを見ると静かな工芸品ですが、そのスタート地点はかなり力仕事です。

大きなノミを使って「陸」と「海」を彫る

採石された石は、まずダイヤモンドカッターやタガネで大まかな形に整えます。

表面と裏面を平らにした後、墨をする部分である「陸」と、墨液がたまる部分である「海」を作ります。

粗彫りから仕上げ彫りでは、丸、角、半丸など刃の形が異なる5~10本ほどのノミを使い分けます。最後は「清のみ」と呼ばれる幅の広いノミで彫った跡を消していきます。

さらに砥石や耐水ペーパーで磨き、墨がよくすれるよう陸を目立て石で仕上げます。

最後に漆などを塗り、石の風化を防ぎながら光沢を出して完成です。

「硯を彫る」という一言では足りないほど工程があります。

赤間石は細工しやすく彫刻にも向いている

赤間硯には実用品としての良さだけでなく、工芸品としての美しさもあります。

赤間石は粘りがあり、細かい加工を施しやすい石です。その性質を生かし、硯の縁に植物や風景などを彫り込んだ作品も作られてきました。

一方で、石本来の形を残した「野面硯」や、側面を丸く削った「円硯」など、装飾を抑えた作品もあります。

書道道具として使える一方、1点ものの工芸品として眺めても楽しめる。

「用」と「美」の両方を持っていることが、長く愛されてきた理由の1つです。

現代の作硯家・日枝陽一さんも数多く受賞

赤間硯の作硯家として活動する1人が日枝陽一さんです。

日本工芸会によると、2009年の伝統工芸諸工芸展で文化庁長官賞、2017年の日本伝統工芸展で日本工芸会奨励賞などを受賞。2024年にも山口伝統工芸展で日本工芸会山口支部長賞を受賞しています。

宇部観光コンベンション協会が行った赤間硯体験では、日枝さんが工房見学や硯作りの指導を担当していました。

伝統を守るだけではなく、現代の工芸作品として評価され続けています。

2026年には宇部市が後継者探しを本格化

一方で、長い歴史を持つ赤間硯には後継者という課題があります。

宇部市は2026年8月、赤間硯の後継者発掘を目的とした3日間の「仕事体験インターンシップ」を実施しました。

対象は学生や社会人。地域おこし協力隊への応募や将来の職人育成につなげる取り組みです。

800年前から技術が続いているからといって、自然に次の800年へ残るわけではありません。

石を掘る場所があり、技を教える職人がいて、受け継ぐ人がいて初めて続いていきます。

『遠くへ行きたい』で描かれる「職人の想い」は、まさに現在進行形のテーマです。

赤間硯の里は事前予約で工房見学ができる

赤間硯の製作を見たい人は、宇部市西万倉にある「赤間硯の里」を訪れる方法があります。

所在地は山口県宇部市西万倉岩滝793番地。

利用時間は9:00~17:00ですが、工房見学には事前予約が必要です。問い合わせは山口県赤間硯生産協同組合、電話0836-67-0641。宇部ICから車で約40分です。

作品を買うだけでなく、原石や道具、職人の手仕事を見ることで、赤間硯の価値がより分かりやすくなります。

まとめ

『遠くへ行きたい』で紹介される赤間硯は、単に「800年前からある昔の工芸品」ではありません。

山へ入り石を採るところから始まり、石を音で選び、何本ものノミで彫り、磨き、漆を施す。その技術が現在も宇部市で続いています。

吉田松陰ら幕末の志士が使った歴史がありながら、2026年には新たな職人を探す取り組みも始まりました。

長い伝統と「これから誰が作るのか」という現代の課題まで含めて見ると、番組で職人に焦点が当たる理由がよく分かります。

参考リンク


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