ウインドサーフィンと数学がつながって生まれたSPLYZA
2026年9月9日放送の『アンパラレルド〜ニッポン発、世界へ〜』では、株式会社SPLYZAの土井寛之CEOと安東清文CTOが登場します。
スマホ1台で3D動作解析を可能にした企業と聞くと、最初からAI企業としてスタートしたように思えます。しかし実際の出発点は、土井さんが社会人になってから夢中になったウインドサーフィンでした。一方、それを技術面で支えてきた安東さんは大学・大学院で数学を学び、3次元データ処理に携わってきたエンジニアです。
2人の経歴をたどると、SPLYZA Motionがなぜ「高度な技術をできるだけ手軽にする」という方向へ進んだのかがよく分かります。
この記事でわかること
- 土井寛之さんが起業したきっかけ
- オーストラリア生活とウインドサーフィンの関係
- 安東清文さんの数学・3次元処理の経歴
- SPLYZAが失敗を重ねて現在の形になった経緯
土井寛之さんは元ソフトウェアエンジニア

土井寛之さんは、もともとソフトウェアエンジニアとして働いていました。
学生時代は部活動に所属しておらず、意外にもスポーツ中心の生活ではありませんでした。大きく人生が変わったのは社会人3年目。ウインドサーフィンに出会い、週末になると朝から晩まで海へ通うほど夢中になります。
すると、楽しい週末に比べて平日の仕事に物足りなさを感じるようになりました。
そこで生まれたのが、現在もSPLYZAの創業ストーリーに登場する「7分の7ワクワクする日々を体験したい」という考えです。土井さんは会社を辞め、単身オーストラリアへ渡りました。
オーストラリアへ行って初めて気付いたこと
ウインドサーフィンの環境に恵まれたオーストラリアなら毎日楽しいはずでした。
ところが、思ったほど満たされません。
日本にいたころは仲間と練習し、互いの映像を撮影し、終わったあとに動画を見ながら「あの動きはどうだった」「次はこうしよう」と話していました。
海外で1人になったことで、土井さんは好きだったのがウインドサーフィンそのものだけではなく、仲間と映像を見て上達していく過程だったことに気付きます。
この経験が、後のSPLYZAにかなり直接的につながっています。
現在の同社も「映像を撮る→動きを見る→課題を発見する→上達する」という仕組みを中心にサービスを作っているからです。
帰国後の車の盗難が起業を後押しした
日本へ帰国したあと、さらに予想外の出来事が起こります。
ウインドサーフィン用品を積んでいた車が盗難に遭いました。
当時の土井さんは、ウインドサーフィンを続けたい気持ちと、起業のために時間や資金を作りたい気持ちの間で迷っていたそうです。
ところが道具ごと失ったことで決断し、起業へ向け本格的に動き始めました。
人生の計画通りに進んで創業したというより、趣味への没頭、海外生活、そして盗難という偶然が重なって会社が生まれているところが土井さんの経歴の面白い部分です。
100以上の事業案から選んだ「IT×アマチュアスポーツ」
起業にあたって土井さんは100以上のアイデアを出しました。
最終的に選んだのは、プロではなくアマチュアスポーツにITを持ち込む事業です。
当時、高度な映像分析やスポーツテクノロジーはトップ選手向けが中心で、価格も数十万円から数百万円規模のものが多く、一般の選手が簡単に使えるものではありませんでした。
土井さん自身がオーストラリアから日本の仲間へ映像を送り、ブログで技術を共有していた経験もあり、映像とITを使えばアマチュア選手の「もっと上手くなりたい」を助けられると考えました。
2011年5月2日、浜松で株式会社SPLYZAが設立されます。現在の本社も浜松市中央区にあり、資本金は1億円です。
最初のサービスはほとんど使われなかった
今では約200組織でSPLYZA Motionが利用されていますが、最初から成功していたわけではありません。
2011年の創業から約3年かけ、2014年に「Spoch」というスポーツ向けサービスをリリースしました。
ところが反応はほぼありませんでした。
全国の大学などへ大量に営業してもアカウント登録はわずか2ユーザー。開発者自身が「あったら便利」と思う機能を次々に追加した結果、顧客が本当に欲しいものから離れてしまったことも原因だったと会社自身が振り返っています。
その失敗から、短期間で作った「Clipstro」「Clipstro Golf」などを投入し、土井さん自身も全国を回ってスポーツ関係者とのつながりを増やしていきました。
2014年末にはClipstroがApp Storeで取り上げられ、2015年にはMicrosoft Innovation Awardを受賞。ようやく会社の知名度が上がり始めます。
SPLYZA Teamsも150チーム中、有料契約は5チーム
2016年10月には「Spoch」を作り直し、現在の主力サービスの1つ「SPLYZA Teams」をリリースします。
β版には20競技・150チームが登録しました。
ところが正式サービスで料金を支払ったのはわずか5チームでした。
そこでSPLYZAは対象を高校サッカーに絞り、さらに重要な変更を行います。
それまで指導者が分析するアプリだったものを、選手自身も映像分析へ参加できる仕組みに変更したのです。
先生の仕事を増やすツールではなく、生徒自身が課題を見つけるツールへ変わったことで反応が一変しました。2023年3月にはSPLYZA Teamsの導入チーム数が約900まで広がっています。
現在のSPLYZAの「ユーザーの課題を先に見る」という開発姿勢は、この失敗の積み重ねから生まれました。
安東清文CTOは大学・大学院で数学を専攻
土井さんが事業の方向を作った人物だとすれば、技術面で大きな役割を果たしているのが安東清文さんです。
安東さんはSPLYZAの創業メンバーで、研究開発部門を率いるCTOです。
本人への公式インタビューによると、大学・大学院では数学を専攻。前職では製造業向けの検査ソフトウェアを開発し、SPLYZAでは画像処理や画像認識の研究開発を担当しています。
番組で「数学的プログラミング」と紹介される背景はここにあります。
AIが身体を認識するだけでは、正確な角度・座標・距離などを取り出せません。画像から得られた情報を三次元空間の数値として扱う数学的な処理が必要になります。
安東さんの3次元点群処理がSPLYZA Motionを支えた
J-Net21は安東さんについて、前職時代から3次元データ処理に長年携わってきた人物と紹介しています。
SPLYZA Motionの3D解析は、大阪の高校から「身体の動きをもっと分かりやすく見たい」という要望を受けたことが出発点でした。
まず2D解析を作り、その後約3年間かけて3D解析を開発。この際に安東さんの3次元点群処理技術が大きな役割を果たしたとされています。
安東さんは企業内の開発だけでなく、京都大学などと行うSPLYZA Motionの研究にも研究者として名前を連ねています。脊柱の運動学的評価やジャンプ・着地時の三次元床反力推定などの研究発表にも参加しています。
土井さんと安東さんは役割がかなり違う
2人の経歴を並べると、SPLYZAの特徴が見えてきます。
土井さんは「スポーツをもっと上手くなりたい人が使えるものを作りたい」というユーザー側からサービスを考える人物。
安東さんは数学や画像処理、3次元データ処理を使い、そのアイデアを実際の技術へ落とし込む人物です。
『アンパラレルド〜ニッポン発、世界へ〜』が2人を同時に取り上げるのは、この組み合わせがSPLYZAそのものだからでしょう。
高度な技術だけでは使われない。簡単なアプリだけでは精度が足りない。その2つをつなげてきた結果がSPLYZA Motionです。
まとめ
SPLYZAの歴史は、成功したスタートアップの一直線な物語ではありません。
土井寛之さんがウインドサーフィンに夢中になり、会社を辞めてオーストラリアへ渡るところから始まりました。
創業後も最初のサービスはほとんど利用されず、150チームが試したサービスで課金したのは5チーム。それでも利用者の声を聞き続けてサービスを作り直しました。
そこへ数学と3次元処理を専門とする安東清文さんの技術が組み合わさり、カメラ1台で身体の動きを3D解析する現在のSPLYZA Motionへつながっています。
番組で紹介される「ウインドサーフィン」と「数学」は一見まったく別のテーマですが、その2つが重なったところにSPLYZAという会社があります。
参考リンク
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