いじめが終わった後も苦しさが続く「その後」に目を向ける
2026年9月9日のNHK『午後LIVE ニュースーン』で取り上げられる「いじめ後遺症」。いじめは学校を卒業したり、加害者と離れたりすれば終わると思われがちですが、心理的な影響が成人後まで続くケースがあることは、長期追跡研究でも確認されています。
そして2026年、日本では「いじめ後遺症ドットコム」を運営する近田菜摘さん(活動名・イナ)らが当事者調査を公表し、この問題があらためて注目されています。
この記事でわかること
- 「いじめ後遺症」という言葉の意味
- 大人になってから表れる可能性がある影響
- 近田菜摘さんらが実施した当事者調査
- 苦しさが続いている場合に利用できる相談先
「いじめ後遺症」は正式な病名ではない
まず大切なのは、「いじめ後遺症」という名前自体は医学上の正式な診断名ではないという点です。
「いじめ後遺症ドットコム」を運営する近田菜摘さんは、いじめが終わった後も続く心身の症状を表す言葉として使用しています。実際には症状や状態に応じて、PTSD、抑うつ、不安症状など別の医学的な評価につながる場合があります。
ですから、「いじめられた経験がある=いじめ後遺症」と一律に考えるものではありません。
同じ経験をしても影響の現れ方には個人差があります。
研究でもいじめ被害の影響が成人後まで続くことが示されている
言葉自体は診断名ではありませんが、「子ども時代のいじめが長期的な心の健康に影響する」という考えには研究上の裏付けがあります。
2025年に公表された24件の縦断研究をまとめたシステマティックレビューでは、いじめなどの継続的な仲間からの被害経験が、その後のうつ、不安、心的外傷後ストレス症状、自傷や自殺念慮、自己肯定感の低下などと関連することが報告されています。特に、被害が繰り返されたり長期間続いたりした場合に影響が強くなる傾向も確認されています。
過去の大規模レビューでも、いじめ被害と不安、抑うつ、自傷、自殺念慮などとの関連が報告されています。
さらに英国などの長期追跡研究では、子どもの頃に頻繁ないじめを経験した人で、20代だけではなく50歳時点でも心理的な苦痛や抑うつ、不安などが多くみられたという結果があります。
「昔のことなのに、なぜ今も苦しいのか」という疑問自体が、研究的にも決して珍しい話ではないことが分かります。
表れやすいのは自己肯定感低下、フラッシュバック、人間不信など
近田さんらが行った当事者調査では、いじめ終了後もさまざまな苦しさが続いているという声が寄せられました。
2026年6月に厚生労働記者会で開かれた会見では、「いじめ後遺症」に関する252人の声をもとにした調査結果が報告されています。
報道された結果では、主な回答として、
- 自己肯定感の低下 84%
- フラッシュバック・悪夢 77%
- 周囲が悪口を言っているように感じる「関係妄想」 77%
などが挙げられました。40代、50代になっても「改善していない」と答えた人が約4割いたことも報じられています。
ただし、この調査は「いじめ後遺症」に関心を持つ当事者を中心に集めたアンケートで、全国民から無作為に抽出した疫学調査ではありません。
そのため「いじめを受けた人の84%が必ず自己肯定感を失う」という意味ではありません。
近田さん自身も、当事者から集めたアンケートであり、専門家による医学調査ではない点に注意してほしいと説明しています。
近田菜摘は自身も大人になってから対人恐怖に苦しんだ
近田菜摘さんは「イナ」の活動名でも情報発信しています。
小中学校でいじめを経験し、大学時代になっても人と関わることへの恐怖が続いていたと語っています。
周囲に相談した際に「過去のことをいつまで言っているんだ」と受け止められた経験もあり、苦しさを自分だけで乗り越える問題だと思っていた時期もあったそうです。
社会人になって「いじめ後遺症」という言葉を知ったことで、自分と同じような経験をしている人がいると分かり、2019年ごろから「いじめ後遺症ドットコム」の活動を始めました。
現在はイラスト担当のかげばね陽朱Kさんと、マンガや啓発ポスターなどを使った発信も行っています。
2026年6月の記者会見で252人の声を公表
2026年6月4日には、一般社団法人SHIP「ひきこもりと共生社会を考えるネットワーク」が厚生労働記者会で記者発表を実施しました。
発表者は近田さんと、いじめアクティビストの瀬尾りおさん。
コメンテーターとして精神科医の斎藤環さん、ジャーナリストの池上正樹さんも参加しました。
ここで重要なのは、「いじめが止まった=問題解決」と考えないという視点です。
学校では加害行為が止まった時点で一件落着と扱われることがありますが、その後も被害者には登校、人間関係、進学、就職など長い人生が続きます。
そこで心身の状態を継続して見ていく必要がある、というのが当事者側からの訴えです。
周囲の支援を受けた人ほど改善傾向がみられた
当事者調査では、周囲から支援を受けたかどうかについても質問しています。
報道によれば、当時支援を受けた人のうち症状が改善した人は76%、支援を受けなかった人では50%でした。
もちろん、この数字だけから「支援を受ければ26ポイント必ず改善する」と因果関係まで断定することはできません。
それでも、家族、友人、学校などが「もう昔のことだから」と切り離すのではなく、本人の苦しさが続いている間は関わり続ける意味を考える材料になります。
近田さん自身も、大学時代に食事へ誘ってくれた高校時代の友人との交流を、後から振り返って「あれは支援だった」と感じたと語っています。
学習指導要領や教職課程に取り入れることを求めている
近田さんは2025年6月から、「いじめ後遺症」について学校で学べるようにするための署名活動も行っています。
求めている内容の一つが、学習指導要領や教職課程にいじめ後遺症の症状やケアについての学習を盛り込むことです。
狙いは、被害を受けた本人だけに知識を持たせることではありません。
友人、教員、保護者など周囲が「卒業したのだから終わり」「何年も前の話」と扱わなくなることも重要になります。
精神科医・斎藤環も2026年に『いじめ後遺症』を出版
このテーマが2026年に大きく動いていることを象徴するのが、精神科医・斎藤環さんの新書です。
岩波書店から2026年8月24日に岩波新書『いじめ後遺症』が発売されました。
238ページ、税込1,034円で、長期追跡研究などのエビデンスや実際のいじめ事件をもとに、「いじめ被害がその後の人生にどのような影響を残すのか」を扱っています。
NHK『ニュースーン』の放送は、この本の発売から約2週間後です。
「いじめは学校にいる間だけの問題」という見方から、「その後何十年も続く可能性のある問題」へと社会の焦点が移りつつある時期の特集と言えそうです。
実用情報|今もいじめの記憶で苦しい場合に利用できる相談先
過去のいじめを思い出して眠れない、人と接することが極端に怖い、気分の落ち込みが続くなど、生活に支障が出ている場合は、「いじめ後遺症かどうか」を自分だけで判定する必要はありません。
精神科・心療内科、地域の精神保健福祉センターなどで、現在起きている症状について相談できます。
厚生労働省の「こころの健康相談統一ダイヤル」は0570-064-556。電話した地域の公的相談機関につながります。受付時間は地域によって異なります。
強い希死念慮などがある場合は、厚生労働省が案内する「#いのちSOS」0120-061-338が24時間365日対応しています。
現在いじめを受けている子どもや保護者は、文部科学省の「24時間子供SOSダイヤル」0120-0-78310を利用できます。全国どこからでも24時間相談できます。
まとめ
「いじめ後遺症」は正式な診断名ではありません。
一方で、子ども時代のいじめ被害が成人後の抑うつ、不安、心的外傷後ストレス症状などと関連することは、複数の長期追跡研究で示されています。
2026年には近田菜摘さんらが252人の当事者調査を公表し、精神科医の斎藤環さんも同名の新書『いじめ後遺症』を出版しました。
大きなポイントは、「いじめを止めること」と「被害者が回復すること」は同じではないということです。
学校生活が終わった後も苦しみが続く人がいる以上、被害発生時の対処だけでなく、その後の継続的なケアまで含めていじめ問題を考える必要があります。
参考リンク
気になる生活ナビをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。


コメント