三沢厚彦のANIMALSは「動物らしさ」を彫る木彫シリーズ
彫刻家・三沢厚彦(みさわ・あつひこ)さんの「ANIMALS」は、クマやライオンなどを主に実物大で彫った木彫作品です。クスノキを削り、油絵具で彩色して生み出す動物は、写真そっくりではないのに強い存在感があります。2026年10月27日放送のNHK Eテレ『アートのミカタ』では、本物の動物を見ずに制作する理由が紹介されます。作品の特徴、作り方、作家の経歴を、美術館と本人の発言をもとにまとめました。
動物の実物を見ずに作る理由|写真の再現ではなく記憶のイメージ
三沢厚彦さんの「ANIMALS(アニマルズ)」は、クマ、ライオン、トラ、ゾウ、鳥などを題材にした木彫シリーズです。2000年に制作を始め、多くの動物を実物大で立体化してきました。作品の魅力は、動物の形を細密にコピーした標本のような正確さとは違うところにあります。
美術評論家が紹介した本人の発言では、本物の動物と、人がその動物に抱いている感覚との「隙間」に面白さがあると説明しています。図鑑などの資料を見ることはあっても、生きている動物を目の前に置いて写生する方法にはこだわりません。つまり「資料を一切見ずに彫る」という意味ではなく、動物そのものの写しではない、記憶や想像の中にある姿を造形するということです。
例えばクマなら、毛並みや筋肉の細部よりも、ずっしりした胴体、大きな足、こちらを見つめる目が印象に残ることがあります。そうした誰もが思い浮かべる特徴を大きな形で表すことで、写実だけでは届かない「生きているような気配」が生まれます。鑑賞者がそれぞれ違う感情を読み取れるのも特徴です。
制作方法はクスノキ・チェーンソー・ノミ・油絵具|完成までの工程
「ANIMALS」の主な素材はクスノキ(樟)です。千葉市美術館の作品解説によると、まず丸太をチェーンソーで大きく削り、輪郭を墨などで記してから鑿(のみ)で細部を彫り進めます。大きな動物では複数の材を組み合わせる寄木造りも用い、最後に油絵具で色を重ねます。
完成した作品を近くで見ると、木彫ならではの削り跡が表面に残り、なめらかな工業製品とは異なる手触りを想像できます。木材の質感を完全に隠すのではなく、彫った跡と色が重なることで、動物の体に独特の厚みが生まれます。
東京都府中市美術館が公開した制作記録では、三沢さんが木槌と彫刻刀でクマの像を削る工程を紹介しています。制作室にはクスノキ特有の香りが広がり、彫り進めながら首や肩の形を調整していく様子が記録されています。作品は最初の設計図どおり機械的に出来上がるのではなく、木のかたちと対話しながら形作られるものです。
富山県美術館で実施された本人指導のワークショップでも、参加者はスケッチをもとにクスノキの角材を彫りました。平面で描いた姿を、前後左右のある立体に置き換える難しさが分かる実践です。ただし、ワークショップの小さな制作物と、大型の「ANIMALS」を作る実際の時間や工程が完全に同じというわけではありません。
なぜ無表情なのに生きて見える?目とポーズの特徴
三沢さんの作品には、威嚇するライオンや走るクマのような、分かりやすい激しい動きをあえて抑えたものが多くあります。本人はインタビューで、動物の静かな表情のほうが、見る人によって「うれしそう」「少し元気がなさそう」と違って見えると説明しています。
じっと立ち、目を見開いたままの動物は、見る人が作品の周囲を歩くと、向きや距離によって印象が変わります。これは絵画とは異なる彫刻ならではの体験です。顔つきだけでなく、体の大きさや、置かれた空間との関係も作品の一部になります。
さらに近年は、複数の動物の特徴が一体に組み合わさった「キメラ」と呼ばれる造形にも取り組んでいます。実在しない動物であっても、知っている動物の一部分が重なるため、不思議なのに生き物らしく感じられます。2026年のKAAT神奈川芸術劇場の展示企画でも、そうした想像上の生き物を取り上げています。
同じクスノキを素材にしながら人間の胸像を作った彫刻家としては、舟越桂さんも知られています。素材は似ていても表す対象や視線の使い方は異なり、舟越桂の木彫人物像と大理石の目の表現と比べると、現代木彫の幅広さが分かります。
三沢厚彦の経歴と代表作|ANIMALSからキメラへ
三沢厚彦さんは1961年、京都府生まれ。1989年に東京藝術大学大学院美術研究科の彫刻専攻を修了し、2000年に動物の等身大木彫シリーズ「ANIMALS」を始めました。2001年には第20回平櫛田中賞、2019年には第41回中原悌二郎賞を受賞しています。
美術館での展示も多く、2007年から2008年にかけて「三沢厚彦 ANIMALS+」が平塚市美術館など全国各地を巡回。2023年には千葉市美術館で「ANIMALS/Multi-dimensions」が開かれ、動物の木彫に加えてドローイングも紹介されました。
2026年にはKAAT神奈川芸術劇場で棚田康司さんとの展示「彫刻される劇場」も企画されています。過去の展覧会に登場した作品が現在も同じ会場に常設されているとは限らないため、作品を見に行く場合は美術館の公式サイトで会期と展示作品を調べてください。
三沢さんは武蔵野美術大学の彫刻学科で教員を務めています。大学が公開するプロフィールでは専門を「彫刻-木彫」とし、作品制作と展示を研究テーマに挙げています。代表作の名称が英語の「ANIMALS」でも、素材の選び方と彫刻の技法には日本の木彫の伝統に通じる部分があります。
まとめ
三沢厚彦さんの「ANIMALS」は、実物の動物を写し取るのではなく、人の記憶や想像にある「動物らしさ」を、クスノキの彫刻として形にするシリーズです。チェーンソーとノミで彫り、油絵具で彩色する技法が、静かな姿に存在感を与えています。2000年から続く動物像は、近年のキメラ作品へも広がっています。
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