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米内山陽子の経歴と代表作|『ひらやすみ』脚本家の舞台手話通訳とコーダの原点

舞台の脚本と照明を背景に「物語を手話で届ける」と書かれた米内山陽子さんの記事用アイキャッチ 人物

米内山陽子は脚本家と舞台手話通訳者の二つの顔を持つ

米内山陽子(よないやま・ようこ)さんは、ドラマ『ひらやすみ』の脚本を手がけ、アニメ『ゆびさきと恋々』『パリピ孔明』にも関わってきた脚本家です。同時に、俳優のセリフや表情を手話で伝える舞台手話通訳者としても活動しています。2026年10月27日放送のNHK Eテレ『ハートネットTV 私のリカバリー』では、耳が聞こえない両親のもとで育った経験と創作とのつながりが取り上げられます。経歴や代表作、舞台手話通訳の仕事を、これまでの本人の発信や作品の公式情報から紹介します。

米内山陽子の経歴と代表作|『ひらやすみ』『ゆびさきと恋々』の脚本

米内山さんは広島県三原市出身。東京アートポイント計画の人物紹介によると、1993年に演劇活動を始め、2008年の出産を経て、2009年から劇作を中心に活動を再開しました。2012年には女性4人の演劇ユニット「チタキヨ」を結成し、作・演出を担当しています。

映像分野にも活動を広げ、2025年に放送が始まったNHK夜ドラ『ひらやすみ』では脚本を担当しました。作品は真造圭伍さんの漫画が原作で、定職や将来への不安にとらわれない主人公・生田ヒロトと、周囲で暮らす人々の日常を描いた物語です。ドラマ制作会社MMJの公式クレジットでも、米内山さんの名前が脚本欄に記されています。

アニメ『ゆびさきと恋々』ではシリーズ構成・脚本を担当しました。耳の聞こえない女子大生・糸瀬雪と、同じ大学に通う先輩・逸臣の関係を描く作品です。公式スタッフ表には手話アニメーターも記載されており、手話を使う登場人物の姿を映像化する制作体制が組まれています。ただし、米内山さん一人がすべての手話表現を監修したと断定することはできません。

このほか、アニメ『パリピ孔明』のシリーズ構成、『ウマ娘 プリティーダービー』『スキップとローファー』の脚本、実写映画『思い、思われ、ふり、ふられ』の共同脚本などにも携わりました。2023年のNHKドラマ『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』では、CODA考証と手話指導を担当しています。作品によって「脚本」「シリーズ構成」「考証」「手話指導」と役割は異なります。

コーダとしての原点|両親にドラマを手話で伝えた経験

米内山さんは、ろう者の両親のもとに生まれた、耳の聞こえる子どもとして育ちました。CODA(コーダ)とは、英語の「Children of Deaf Adults」の頭文字をとった言葉で、ろう者の親を持つ聞こえる子どもを指します。

本人が語った印象的な経験は、中学生の頃にテレビドラマ『王様のレストラン』を録画し、両親のために手話で内容を伝えたことです。当時はテレビの字幕が十分ではなく、米内山さんは好きなドラマの面白さを共有したかったと振り返っています。通訳そのものを褒められたのではなく、作品を楽しんでもらえたことが、心に残る経験になりました。

ただし、コーダの全員が幼い頃から親の通訳をするわけではありません。米内山さんもNHKの公式noteへの寄稿で、家庭によって手話の習熟度や通訳との関わり方はさまざまだと記しています。本人の家庭では、両親が子どもに通訳の負担をかけないように考えていたことも明かしました。

聞こえる人と聞こえない人とでは、接する情報やコミュニケーションの環境が違うことがあります。そうした両方の世界を知る経験が、脚本を作り、観客に物語を届ける仕事へとつながっています。ろう者自身が発信する表現については、写真家・齋藤陽道さんの手話とことばをめぐる活動でも紹介しています。

舞台手話通訳とは何をする仕事?俳優の感情まで伝える

舞台手話通訳は、舞台上のセリフを単に一語ずつ手話に置き換える仕事ではありません。役者の口調、感情、会話のリズムなど、演劇としての表現を手話の言語と身体表現で届ける役割があります。米内山さんは本人インタビューで、声で演じる俳優と手話で表す通訳者が、二人で一つの役を演じるような意識だと説明しています。

話し言葉の日本語と日本手話では文法や表現方法が異なります。このため、台本を読んでから翻訳を考え、稽古に参加し、演出家や出演者と細部を調整します。役の怒りや喜びだけでなく、状況によっては雨や電話などの効果音、音楽が流れることも伝えなければなりません。何をどの順番で伝えるかという取捨選択も重要です。

米内山さんが自身の舞台で手話通訳を始めたのは、本人のインタビューによれば2011年。それ以前にイギリスの劇団関係者から、舞台手話通訳に取り組んでみてはどうかと勧められたことがきっかけの一つでした。自ら脚本に携わった舞台で実践すると、ろう者の観客からコメディを手話付きで楽しめたという反応があり、活動を継続する力になりました。

舞台手話通訳は、単に情報にアクセスできるようにするための補助だけでなく、聞こえない観客にも作品を作品として楽しんでもらうための表現活動です。米内山さんが脚本家でもあることは、作品の構造や人物の感情を理解して手話へ移す際の大きな特色といえます。

まとめ

米内山陽子さんは、ドラマやアニメの脚本家として作品をつくる一方、舞台手話通訳者として、その物語をろう者の観客へ届けてきました。耳の聞こえない両親とドラマを楽しんだ経験は、二つの仕事を結ぶ大切な原点です。『ひらやすみ』や『ゆびさきと恋々』を知る人にとっても、その創作の背景を理解する手がかりとなる活動です。


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