スマホの次は「画面を持つ」のではなく身体そのものが画面になる
2026年9月9日放送の『ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪』では、「スマートフォンの画面が体に貼りつくような超極薄の特殊フィルム」が登場します。この研究を進めているのが、東京大学先端科学技術研究センターの松久直司准教授です。松久研究室が取り組むのは、硬い電子機器を身体へ縛り付けるのではなく、皮膚と同じように曲がり、伸び、しわにまで追従する「ストレッチャブルエレクトロニクス」。ウェアラブル端末の形そのものを変える研究です。
この記事でわかること
- 皮膚に貼れる超薄型ディスプレイの仕組み
- 松久直司准教授が研究する柔らかい電子材料
- 厚さわずか数µmまで薄くできる理由
- ヘルスケアやスマホ操作への応用
松久直司准教授が作る「皮膚と一体化する電子機器」
松久直司准教授は、東京大学先端科学技術研究センターの極小デバイス理工学分野で、柔らかいナノ電子材料を研究しています。
金属ナノワイヤ、共役高分子、カーボンナノチューブなどを利用し、硬いシリコン製電子機器とは違う、曲げたり伸ばしたりできる電子デバイスを作っています。
研究テーマには、
伸縮性電子材料、
伸縮性半導体デバイス、
超柔軟センサー、
超柔軟ディスプレイ、
ウェアラブル機器や生体計測への応用
などが含まれます。
松久准教授は2017年に東京大学で博士号を取得し、シンガポールの南洋理工大学、アメリカのスタンフォード大学、慶應義塾大学などを経て、2023年から東京大学先端研の准教授を務めています。
「スマホの画面を貼る」は分かりやすい例え
番組では「スマートフォンの画面が体に貼りつくような」と紹介されていますが、現在研究されているものは、スマホのOLED画面をそのまま薄くしたものではありません。
松久研究室では、電気によって色が変化する「エレクトロクロミック」方式などを使った、超薄型で伸縮できるディスプレイを開発しています。
大きな違いは「皮膚に沿うこと」です。
人間の皮膚は平らではありません。
手を曲げればしわができ、腕を動かせば皮膚そのものが伸縮します。一般的なディスプレイは硬いため、皮膚と一緒には動けません。
そこでデバイスそのものを柔らかく、さらに極端に薄くすることで、皮膚の形に追従させます。
厚さはわずか約6µmの研究例
2024年のInternational Display Workshopsで松久准教授が発表した皮膚追従型センサー・ディスプレイは、厚さがわずか約6µm、ヤング率は約10MPaとされています。
1µmは1mmの1000分の1です。
6µmなら0.006mm。
一般的なコピー用紙の厚さよりはるかに薄い世界です。
しかも単に薄いだけではなく、伸縮し、皮膚へ密着しながら機能することが重要です。
別の発表でも、厚さ10µm未満の柔らかなセンサーによって、装着感を抑えながら皮膚の変形を計測できることが報告されています。
つまり未来のウェアラブル機器は、「時計を腕につける」のではなく、「電子機器が皮膚そのものに溶け込む」方向へ進む可能性があります。
柔らかいのに電気を流す材料が重要
普通に考えると、電子回路の配線には金属を使います。
しかし金属の線は何度も伸ばせば切れてしまいます。
松久准教授は大学院時代から、伸ばしても電気を流せる材料を研究してきました。
2017年には染谷隆夫教授らと、元の長さの5倍に伸ばしても935S/cmという高い導電率を維持する伸縮性導体を開発しています。
ゴムの中に銀フレークを混ぜ、加熱すると非常に小さな銀ナノ粒子が自然に形成されることを利用した材料でした。
こうした「伸びる配線」の技術があるからこそ、皮膚に沿って変形するセンサーやディスプレイを作れるわけです。
センサーと画面が一緒になると使い方が大きく変わる
皮膚ディスプレイ単体より、さらに面白いのがセンサーとの組み合わせです。
松久研究室では、
生体情報を読み取るセンサー
その結果を表示するディスプレイ
無線通信や給電
まで含めた柔らかな電子システムの研究を進めています。
たとえば身体の状態を皮膚センサーが測り、その結果をすぐ横の皮膚ディスプレイに表示できれば、スマートウォッチを取り出す必要すらなくなるかもしれません。
センサーと表示装置の境界がなくなり、「自分の身体が情報端末になる」わけです。
2026年には「見ても触っても分からない電極」まで開発
松久研究室では2026年7月、さらに一歩進んだ研究成果を発表しています。
それが「ステルス皮膚電極」です。
極薄の伸縮性電子材料を使い、顔に貼っても見た目ではほとんど分からず、触った本人にも認識されにくい電極を実現しました。
この電極では、
眼球運動を調べる眼電図、
表情筋などを調べる筋電図、
脳活動を調べる脳波
などを計測できます。
研究チームは、心理状態や認知状態の理解、ヘルスケアだけでなく、スマートフォンやAR・VR機器の新しい操作方法への応用も想定しています。
つまり将来は、指でスマホ画面をタップする代わりに、目の動きや顔の筋肉、身体の信号そのものが入力装置になる可能性もあります。
なぜウェアラブルは「見えない」方向へ進むのか
現在のスマートウォッチは便利ですが、装着していることは常に分かります。
硬い。
重さがある。
汗をかく。
寝るときには邪魔になる。
こうした装着感は、長期間の生体計測では大きな問題になります。
松久准教授が目指しているのは「装着していることを忘れる電子機器」です。
皮膚と電子デバイスの硬さの差を小さくし、さらに極薄化することで、人間の自然な動きを邪魔しません。
これは単なる小型化ではなく、電子機器の存在感そのものをなくしていく研究です。
利用・購入・実用化の現状
皮膚追従型ディスプレイやステルス皮膚電極は、現在のところ一般販売されている製品ではなく研究段階です。
そのため市販価格や購入方法はありません。
一方で研究のターゲットはかなり具体的で、ヘルスケア、生体計測、ヒューマン・コンピュータインターフェース、AR・VR、ロボット用電子皮膚などが挙げられています。
特に2026年のステルス電極まで見ると、「いつか遠い未来の技術」というより、人が電子機器をどう身につけるかを現実的に変えていく研究へ進んでいることが分かります。
まとめ
『ザ・バックヤード』で紹介される「スマホ画面が体に貼りつくようなフィルム」の背景には、電子機器を単に薄くするだけではない研究があります。
松久直司准教授が目指しているのは、皮膚と同じように柔らかく、伸び縮みし、装着していることすら意識しない電子機器です。
約6µmまで薄くしたセンサー・ディスプレイ、伸ばしても電気を流す材料、そして2026年に発表された「見ても触っても分からない」ステルス皮膚電極。
スマートフォンを手に持つ時代の次には、「身体そのものがセンサーと画面になる」という未来が待っているのかもしれません。
参考リンク
ザ・バックヤード 東京大学先端科学技術研究センター 番組情報
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