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ARAS「割れない皿」が赤字町工場を救った逆転劇|石川勤と石川章の親子が下請け脱却【Mr.サンデー】

企業・新技術

ARASが町工場の事業構造まで変えた「割れない皿」の誕生

2026年9月20日放送の『Mr.サンデー』で取り上げられたのが、石川県加賀市の石川樹脂工業が生み出した食器ブランド「ARAS(エイラス)」です。落としても割れにくい美しい器として人気を集めていますが、その背景にあったのは、受注生産を続けるほど採算が厳しくなる町工場が、自分たちで商品を作り、自分たちで価格を決めるメーカーへ変わっていく逆転の物語でした。ARAS公式も、今回の放送で「ARASの誕生秘話」が紹介されたと発表しています。

この記事でわかること

  • 「割れない皿」ARASの素材と代表商品
  • 石川樹脂工業が下請け中心で苦しんだ理由
  • 石川勤さんがP&Gを辞めて家業へ戻った経緯
  • ARAS誕生から売上を大きく伸ばすまでの逆転劇

ARASは「1000回落としても割れない」樹脂とガラス繊維の食器

出典:ARAS公式サイト「深皿スクープ」

ARASを象徴する特徴が、「1000回落としても割れない」と打ち出している高い耐久性です。

代表商品「深皿スクープ」は、トライタンとGF(ガラス繊維)を組み合わせた素材を使用。樹脂ならではの衝撃への強さを生かしながら、ガラス繊維を加えることで重みや質感を持たせています。ARAS公式も、1000回落としても割れない新素材を採用した器として紹介しています。

ただし、「どんな状況でも絶対に割れない」という意味ではありません。硬い床への落下や強い衝撃の加わり方によっては破損する可能性があることも公式に案内されています。

ARASが評価されたのは、丈夫さだけではありません。

深皿スクープには、スプーンが皿の縁に沿うような曲線が設けられており、カレーやスープを皿ごと傾けなくても最後のひと口まですくいやすくなっています。

つまり「割れない食器」に美しさを加えただけではなく、食べる動作そのものから形を作っているのがARASです。

石川樹脂工業は1947年創業、山中漆器から始まった

ARASを製造する石川樹脂工業は、石川県加賀市に本社を置く会社です。

創業は1947年。山中漆器の木地に関わる事業から始まり、時代とともに木製品から樹脂成形へと技術を広げてきました。

樹脂製の食器や雑貨だけでなく、企業から依頼を受けて商品を製造するOEMも手掛け、「樹脂で作れるものなら幅広く応える」という町工場として技術を蓄積していきます。

ところが、この受注生産中心の仕組みが経営上の大きな問題になっていきました。

高い技術があっても「作るほど赤字」という矛盾

下請け企業では、自社だけで商品の販売価格を決められるとは限りません。

石川樹脂工業でも取引先から求められる品質水準が上がり、製造にかかる工程や手間が増えていく一方、それを十分に価格へ反映できない案件がありました。

石川勤さんは当時について、工数が増えても価格が据え置かれ、「つくればつくるほど赤字になる」状態だったと説明しています。石川章さんも、技術に見合った価格で買い取ってもらえず、付加価値を価格へ反映できない下請けの厳しさを語っています。

注文がないのではありません。

仕事を受け、難しい要求にも応えられる技術があるのに、作れば作るほど十分な利益が残らない。

今回の逆転物語の出発点は、この「技術力と収益力が結びついていない」という問題でした。

石川勤は東京大学からP&Gへ、約10年後に家業へ戻った

状況を大きく変える人物となったのが、石川章さんの三男・石川勤さんです。

石川勤さんは1984年、石川県加賀市生まれ。東京大学工学部を卒業し、2007年にP&Gへ入社しました。

P&Gでは財務・会計だけでなく、経営戦略や経営管理などに携わり、シンガポール勤務も経験。アジア地域の事業戦略や、日本での営業戦略、流通コスト改革などにも関わりました。

そして2016年、約10年間勤めたP&Gを離れ、父が経営する石川樹脂工業へ入ります。

大企業の経営管理を経験して戻った石川さんが目にしたのが、仕事はあるのに採算が合わない家業の姿でした。

そこで最初に取り組んだのが、既存の取引をそのまま続けるのではなく、採算をきちんと見直すことでした。

値上げ交渉で取引先が減っても、不採算の仕事から離れた

石川勤さんは取引先を一軒ずつ訪れ、採算が合わない取引について値上げを求めていきました。

当然、すべての取引先が受け入れたわけではありません。

交渉によって取引が終了するケースもあり、OEMの取引先は大幅に減少しました。短期的には売上を失う危険のある判断ですが、「受注すればするほど苦しくなる」状態から抜け出すためには避けて通れない改革でした。

そして石川さんたちがたどり着いたのが、

「自分たちで商品を考え、自分たちで価値を伝え、自分たちで販売価格を決める」

という自社ブランドへの転換です。

ここからARASにつながっていきます。

seccaと約2年かけ「プラスチックは安っぽい」をひっくり返した

ARASの開発で石川樹脂工業と組んだのが、金沢を拠点とするクリエイティブファーム「secca」です。

開発前に料理人の声を聞くと、大きなレストランでは日常的に食器が割れ、その買い替えが負担になっているという課題がありました。

割れない食器なら樹脂製品はすでに存在します。

しかし、高級店では「軽い」「量産品に見える」「安っぽく感じる」といったイメージから使われにくいという別の壁がありました。

そこで目指したのは、陶磁器のように見せかけることではなく、樹脂だからこそできる新しい高級感でした。

強靱なトライタンへガラス繊維を加えて比重を高め、成形時にあえて自然な色の揺らぎが出る条件を探ります。

金型で大量生産する工業製品でありながら、一枚一枚に工芸品のような表情を感じられる器を作ろうとしたのです。

試作を繰り返し、約2年の開発期間を経て完成したのがARASでした。

2020年にARAS誕生、初年度売上は1億円

ARASは2020年2月にテスト販売を開始しました。

当初から重視したのが、メーカーから問屋、小売店へ商品を流す従来型の販売だけに頼らず、消費者へ直接販売するD2Cです。

「落としても割れない」という機能は動画や写真でも伝わりやすく、料理を盛ったときの美しさもSNSとの相性が良いものでした。

ARASは初年度から売上1億円を記録。その後も成長し、2024年9月期には石川樹脂工業全体で売上高22億円を達成しました。2026年7月の企業プロフィールでは売上高30億円と紹介されています。

赤字を生む下請け仕事に依存していた会社から、自社ブランドを成長の柱にするメーカーへ。

ARASは1商品のヒットにとどまらず、会社の稼ぎ方そのものを変えたことになります。

深皿スクープ・大皿ウェーブなど代表商品は3,300円から

ARASは公式オンラインストアで購入できます。

2026年9月23日時点の代表商品は次の通りです。

通常の深皿スクープは食洗機・漂白剤に対応していますが、電子レンジは使用できません。

一方、新しく登場した「HC=ヒートコレクション」の深皿スクープは電子レンジにも対応しています。購入時には通常シリーズとHCを確認して選ぶのがポイントです。

星野リゾート「OMO」など業務用にも広がった

ARASは家庭向けだけでなく、レストランやホテルなどプロの現場にも広がっています。

一流シェフのレストランに加え、星野リゾートが展開するホテル「OMO」でも採用例があります。

そもそもARASの開発には、レストランで大量の食器が割れるという現場の課題が出発点の一つとしてありました。

「丈夫だから家庭で安心」という商品から始まったわけではなく、「料理を美しく見せながら、業務の現場でも長く使える器」という設計思想が現在の広がりにつながっています。

石川勤は2026年10月に社長就任予定、次の目標は売上100億円

石川勤さんは現在、石川樹脂工業の専務を務めています。

2026年7月時点では、同年10月に社長へ就任する予定と公表されています。父・石川章さんから本格的に経営のバトンを受け取る形です。

さらに会社が掲げている次の目標が、2030年の売上高100億円。

生産能力を増やす新工場、ロボットやデジタル技術の活用、海外展開、ホテル・介護施設・航空機向けなど業務用食器の拡充も計画されています。

ARASで起きた逆転は、すでに完成した成功物語ではありません。

「価格を決められない下請け」から抜け出した町工場が、今度は日本発の食器ブランドとしてどこまで成長できるのかという次の段階へ進んでいます。

まとめ

ARASを生み出した石川樹脂工業は、1947年創業の石川県加賀市のものづくり企業です。

長年培った樹脂成形技術がある一方、OEM中心だった時代には、品質要求が高まって工数が増えても価格へ十分に転嫁できず、作るほど採算が悪化する仕事を抱えていました。

そこへ2016年、東京大学卒業後にP&Gで約10年働いた石川勤さんが戻ります。

不採算取引を見直し、父・石川章さんたちが蓄積してきた樹脂技術と、seccaのデザインを組み合わせ、約2年間をかけて生まれたのがARASでした。

「1000回落としても割れない」という分かりやすい機能に、料理を美しく見せ、最後まで食べやすい形を組み合わせたことがヒットにつながっています。

一方で、今回の物語でより大きかったのは、皿が割れなくなったことではありません。

自分たちの技術の価値を自分たちで商品にし、自分たちで価格を決められる会社へ変わったこと。

ARASは、町工場の技術を「下請けの技術」から「ブランドの価値」へ変えた商品だったといえます。

参考リンク

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