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青木マッチョの消防士6年、成績上位のレスキュー隊員が24歳で退職した理由|しくじり先生

人物

青木マッチョの消防士時代は「期待の新人」から始まった

筋肉と無表情のギャップで知られる青木マッチョさんには、芸人になる前に18歳から6年間、消防士として働いていた経歴があります。

2026年9月26日放送のテレビ朝日系『しくじり先生 俺みたいになるな!!』では、その消防士時代を特集。採用時には勉強・体力の両面で優秀な成績を残しながら、現場では人付き合いやコミュニケーションに苦しみ、命の危険まで迫る大きなしくじりにつながった経験が取り上げられます。

この記事でわかること

  • 青木マッチョさんが消防士になったきっかけ
  • 1年目からレスキュー隊員になった消防士時代
  • 6年間続けながら24歳で消防士を辞めた理由
  • 消防士から芸人・青木マッチョになるまでの転機

青木マッチョは18歳で消防士に、1年目からレスキュー隊員へ

出典:吉本興業「消防団入団促進広報2025」公式レポート

青木マッチョさんは1995年7月31日生まれ、愛知県名古屋市出身。中学1年から筋力トレーニングを始め、高校ではラグビー部でプレーしました。吉本興業のプロフィールでは身長180cm、体重90kgとされています。

消防士を意識したきっかけは高校時代でした。兄から消防士という仕事を勧められ、以前から続けていた筋トレを生かせること、公務員として働けることなどから進路として選びました。

本人のインタビューでは、公務員試験に向けて1日15時間ほど勉強した時期があり、採用試験では体力試験の垂直跳び以外で1位を取ったと振り返っています。

その結果、成績上位者が配属される消防署へ入り、1年目からレスキュー隊員として勤務。消防士としてのスタートだけを見ると、まさに期待された新人でした。

勉強と体力は優秀でも、現場では「仕事ができない」壁にぶつかった

ところが消防署へ入ってから状況が一変します。

青木マッチョさん自身、進学校出身で筆記試験には自信がありました。しかし実際の消防業務では、学校の勉強とは違う能力が求められます。

消防機材や設備の知識を覚えようとしてノートへ書き込んでも、なかなか身につかない。一方で、自分が好きな筋トレに関する専門用語は一度聞いただけでも覚えられたといいます。

入職前までの「勉強ができる」「体力がある」という強みだけでは、消防の現場では通用しませんでした。

本人は後年、消防士時代について「向いていない仕事だった」という趣旨の振り返りをしており、2年目ごろにはすでに辞めたいと思っていたことも明かしています。

人付き合いの苦手さが消防士というチームの仕事で大きな壁になった

今回の『しくじり先生』で特に焦点となるのが、青木マッチョさんの人付き合いとコミュニケーションです。

現在の静かで控えめなキャラクターにもつながりますが、もともと人前へ出たり積極的に会話したりすることが得意なタイプではありませんでした。

消防士は、個人の体力だけで完結する仕事ではありません。隊員同士が状況を伝え、互いの動きを把握しながら連携する必要があります。

番組側が今回の授業に付けているテーマも「人付き合いでしくじらないための授業」。消防士時代、職場になじめず、さまざまな失敗を重ねていたことが明かされています。

そして、その延長で扱われるのが「死の危険が迫る前代未聞のしくじり事件」です。

公開されている番組情報で示されているのは、コミュニケーションの苦手さを放置した結果、大きな危険につながった経験というところまで。この記事では、事件そのものを別の消防士時代のエピソードと結び付けず、確認できている6年間の背景を中心に紹介しています。

それでも消防士を6年間続けた理由は「辞める度胸がなかった」

青木マッチョさんは2年目ごろには退職を考えていましたが、実際に消防士を辞めたのは24歳です。

つまり、そこから数年間は「辞めたい」という気持ちを抱えながら勤務を続けていました。

本人はその理由を、仕事を始めるよりも辞めることのほうが怖かったからだと振り返っています。

最初の5年間は特に厳しい先輩たちがいる職場で、退職を切り出せずに勤務。6年目に異動すると、今度は優しい先輩たちに囲まれました。

そこで「ここで言えなければ一生言えない」と考えるようになります。

さらに同じ時期、痔ろうの手術で約1か月入院する予定が入りました。入院を前に退職の意思を伝え、18歳から続けてきた消防士生活を24歳で終えることになります。

兄2人の結婚も24歳で人生を変えるきっかけになった

退職を後押ししたもう1つの出来事が家族でした。

青木マッチョさんには兄が2人おり、その2人が結婚して子どもを持ち、家庭を築いていました。

それまで青木さんには「親を安心させなければ」という意識もありましたが、兄たちの姿を見たことで、自分はもっと自由に生きてもいいと考えるようになったと語っています。

消防士を辞めた時点で、芸人になることが最初から決まっていたわけではありません。

本人が考えていたのは、今までより「楽しい」と思える生き方へ移ることでした。

消防士退職後は1年間フリーター、そこからお笑いの世界へ

消防士を辞めた青木マッチョさんは地元を離れて東京へ。

すぐに芸人になったのではなく、約1年間はフリーターとして生活しています。

この期間はトレーニングへ集中。消防士時代より食事や睡眠、トレーニング環境を整え、NSCへ入るころには体重が人生最大となる約110kgまで増えていたと、自身のBEAMS SPORTSでの連載で明かしています。

そして2020年4月、吉本興業の養成所・NSC東京校へ入学しました。

お笑いを選んだ理由も、「絶対に売れたい」というものではありませんでした。子どものころからお笑いを見ることが好きで、「この世界なら楽しく生きられそうだ」という感覚から飛び込んでいます。

NSCでは、筋肉とカリンバ演奏を組み合わせた動画が東京校・大阪校合同の特技企画で高く評価されます。

消防士時代には「体が大きいのに元気がない」と注意されていた自分の特徴が、お笑いの世界では逆に個性になりました。

「向いていなかった消防士経験」が現在の仕事にもつながっている

消防士としての6年間を、青木マッチョさんは単なる失敗とは考えていません。

24時間勤務による休みを利用して一人旅や趣味を増やし、社会人としての上下関係や仕事への向き合い方も身につけたと振り返っています。

さらに現在は、元消防士という経歴そのものが仕事につながっています。

総務省消防庁が進める消防団入団促進広報ではサポーターを務め、消防団の役割や地域防災について伝える活動にも参加。消防士時代に実際の現場で消防団員に助けられた経験があるため、その重要性を自分の言葉で説明できると話しています。

消防士としては苦しんだ6年間でしたが、その経験まで含めて現在の「青木マッチョ」というキャラクターにつながっています。

青木マッチョのプロフィールと消防士から芸人まで

  • 名前:青木マッチョ
  • 生年月日:1995年7月31日
  • 出身地:愛知県名古屋市
  • 身長/体重:180cm/90kg
  • 消防士になった年齢:18歳
  • 消防士歴:約6年間
  • 退職時の年齢:24歳
  • 消防士1年目:レスキュー隊員として勤務
  • 退職後:約1年間フリーター生活
  • NSC:東京校27期
  • 特技:ピアノ、ドラム、カリンバ、デッドリフト260kgなど
  • 2026年8月30日:お笑いコンビ「かけおち」解散
  • 2026年9月現在:青木マッチョとして活動

プロフィールや消防士歴については吉本興業の現行プロフィール、本人への複数のインタビューで確認できます。

まとめ

青木マッチョさんは、高校卒業後の18歳で消防士となり、採用時には勉強・体力の両面で優秀な成績を残しました。1年目からレスキュー隊員として働くほど期待されながら、実際の現場では仕事や人間関係に苦しむことになります。

2年目ごろには退職を考えながらも6年間勤務し、24歳で退職。上京してフリーター生活を送った後、NSCへ入り、消防士時代には弱点だった「大きな体なのに静か」という特徴を芸人としての武器へ変えていきました。

『しくじり先生』で描かれる「死にかけ」事件の背景にあるのも、体力や学力とは別の、チームで働くうえでのコミュニケーションという問題です。華やかな転職成功談ではなく、向いていない仕事から離れ、自分の特徴を生かせる場所へ移っていった6年間が、青木マッチョさんを知る大きなポイントになっています。

参考リンク


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