「富山高山すし空港」は飛騨高山への玄関口と富山の食を世界へ伝える新しい愛称
2026年9月29日放送のテレビ朝日『火曜の良純孝太郎』では、石原良純さんと小泉孝太郎さんが富山から飛騨高山へ向かい、その出発点となる「富山高山すし空港」を訪れます。
一見すると不思議なのは、富山県にある空港なのに岐阜県の「高山」が名前に入っていることです。しかしこれは単なる話題作りではなく、富山空港を飛騨高山観光の玄関口として海外へ売り出す狙いと、かつて富山湾のブリが高山へ運ばれた「ぶり街道」に象徴される両地域の歴史的なつながりが背景にあります。
この記事でわかること
- 富山高山すし空港へ愛称が変わった理由
- なぜ富山県の空港名に「高山」が入ったのか
- 「すし」が愛称に採用された背景
- 富山と飛騨高山を結んできた「ぶり街道」の歴史
正式名称は「富山空港」のまま、2026年7月8日に愛称を変更

まず押さえておきたいのは、「富山高山すし空港」は正式名称ではなく愛称だということです。
正式名称はこれまで通り「富山空港」。空港コードも「TOY」のまま変わっていません。
新しい愛称「富山高山すし空港」が決まったのは2026年7月8日です。それまでは、2012年に決まった「富山きときと空港」という愛称が使われていました。
つまり、
- 正式名称:富山空港
- 新しい愛称:富山高山すし空港
- 愛称決定:2026年7月8日
- 以前の愛称:富山きときと空港
- 空港コード:TOY
という関係になります。
名前だけを見ると富山と高山の共同空港のようにも感じますが、所在地はこれまでと変わらず富山県富山市秋ケ島30番地です。
「高山」が入った最大の理由は飛騨高山への空の玄関口
新しい愛称で最も目を引くのが「高山」です。
岐阜県高山市は富山県ではありません。それでも県外の地名を空港の愛称に入れた背景には、外国人旅行者に「この空港から飛騨高山へ行ける」と分かりやすく伝える狙いがあります。
富山県は、高山の名前を一方的に借りるのではなく、富山空港が飛騨高山を訪れる旅行者にとっても有力な空の玄関口であることを世界へ発信するためだと説明しています。
飛騨高山は海外からの旅行者にも知られる観光地です。
古い町並みや高山祭、飛騨牛などを目的に訪れる外国人観光客も多く、「TAKAYAMA」という地名そのものに海外での認知があります。
そこで富山空港を「富山だけへ行くための空港」と考えるのではなく、
富山空港→富山県内観光→飛騨高山
という広域観光の入口として位置付けようとしているわけです。
名前変更の背景には富山空港の利用者減少もある
愛称変更には、空港を取り巻く厳しい状況も関係しています。
富山県によると、「富山きときと空港」という愛称が付いた2012年度の利用者数は94万4559人でした。
一方、2025年度は37万9306人まで減少しています。
約13年間でおよそ60%減った計算です。県はその要因の一つとして、2015年の北陸新幹線開業も挙げています。
東京―富山間を新幹線で移動しやすくなれば、当然ながら航空便との競争は激しくなります。
そこで空港そのものを目的地への入口として再構築し、国内だけではなく海外から旅行者を呼び込む必要が出てきました。
2026年4月からは株式会社富山エアポートが空港運営に参画し、その中で新しい愛称の提案が出ています。
愛称変更は単なるネーミング変更ではなく、富山空港を広域観光の拠点へ変えていく取り組みの一つなのです。
「すし」が入った理由は富山県のブランド戦略
もう一つ気になるのが「すし」です。
なぜ空港の名前に食べ物である「すし」が入っているのでしょうか。
これは現在の富山県が進めている「寿司といえば、富山」ブランディング戦略と直結しています。
富山県は2023年度から、寿司を入口として県そのものの知名度を高める取り組みを進めています。魚だけではなく、米、水、酒、器、観光などへ関心を広げ、富山を訪れるきっかけにしてもらう長期的なプロジェクトです。
富山湾は水深1000mを超える一方、すぐ背後には標高3000m級の立山連峰があります。
わずかな距離に約4000mもの高低差があり、山から流れ込む水と日本海の深層水が豊かな海を育てています。こうした自然環境が富山の魚と寿司の魅力につながっています。
「すし」は単に人気の食べ物だから付けられたわけではなく、富山を世界へ覚えてもらうためのブランドワードとして愛称に組み込まれました。
富山と高山は昔から「ぶり街道」でつながっていた
そして今回の『火曜の良純孝太郎』でも重要なテーマになるのが、富山と高山を結ぶ「ぶり街道」です。
現在の地図だけを見ると、富山県と岐阜県は山を隔てた別々の地域です。
しかし昔から両地域の間では人や物が行き来していました。
その象徴が、富山湾で水揚げされたブリです。
富山から高山へ続く越中街道を通り、ブリが飛騨へ運ばれ、さらに信州方面へ運ばれていました。高山市の資料でも、富山湾から高山への越中街道、高山から信州へ続く道が「ぶり街道」と呼ばれてきたことが確認できます。
海のない飛騨にとって、富山から運ばれてくる魚は重要な存在でした。
特にブリは、飛騨では年越しに欠かせない食材として定着しました。
現在でも高山市では「ぶり街道祭り」が行われ、かつて富山から飛騨を経由して信州までブリが運ばれていた歴史が受け継がれています。
海のない高山で魚文化が育った背景にも富山がある
この歴史は、現在の高山の食文化にも残っています。
飛騨高山観光公式サイトでは、市内の老舗寿司店について、昔から富山湾で獲れた魚がぶり街道を通って高山の市場へ届いていたことを紹介しています。
つまり、
富山湾で魚が獲れる
↓
越中街道を通って飛騨へ運ばれる
↓
高山で海産物文化が育つ
↓
さらに信州方面へ運ばれる
という物流が存在していました。
「富山高山すし空港」という新しい名前に入った富山・高山・すしは、一見すると異なる3つの言葉ですが、歴史をたどると「魚」という一本の線でつながります。
番組で「高山発展の一端を担ったのが富山のブリだった」と取り上げるのも、この背景があるからです。
富山空港は1963年開港、全国でも珍しい河川敷の空港
富山空港そのものにも特徴があります。
開港したのは1963年8月20日。
富山市を流れる神通川の河川敷に1200mの滑走路を設けてスタートしました。
その後、航空需要の増加に対応するため滑走路を2000mへ延長。1984年3月からジェット機が就航しています。
現在は、
- 国内線:東京(羽田)、札幌(新千歳)
- 国際線:台北など
- 滑走路:2000m
- 運用時間:7:00〜21:30
という空港です。
2026年9月時点では羽田便が1日3往復、新千歳便が1日1往復運航されています。台北線も2026年に定期便が再開しました。
富山駅からはバス約20分、高山へ行く場合は交通手段を事前確認
富山高山すし空港は富山市中心部から比較的近い空港です。
主なアクセスは、
- 富山駅―富山空港:連絡バス約20分
- 富山駅―富山空港:片道420円
- 富山IC―富山空港:車で約5分
- 無料駐車場:1531台
となっています。
一方、「高山」という名前が付いたからといって、空港から高山へ常時直通バスが運行しているという意味ではありません。
2026年9月時点の空港公式バス案内で通常運行として掲載されているのは富山駅との連絡バスです。飛騨高山へ向かう場合は、富山駅経由やレンタカーなども含め、旅行日の交通情報を事前に確認する必要があります。
愛称変更と今後の交通網整備は、分けて考えておく必要があります。
名前変更後は本格的なインバウンド誘客も始まる
富山県は「富山高山すし空港」という名前を付けて終わりにはしていません。
2026年9月には、空港を起点に外国人旅行者を呼び込むため、旅行会社や海外メディア、インフルエンサーなどを対象とした誘客事業の準備も始めています。
目指しているのは、
富山高山すし空港
↓
富山の寿司・自然・文化
↓
飛騨高山
↓
周辺地域へ周遊
という旅行ルートです。
新しい愛称には、富山県だけで観光客を囲い込むのではなく、県境を越えて観光地同士を結び付ける発想があります。
かつてブリが越中街道を通って富山から高山へ運ばれていたように、今度は旅行者が空港から両地域を行き来する。
「ぶり街道」という古い交流の歴史が、現代では観光ルートという形で再び注目されているともいえます。
まとめ
「富山高山すし空港」は、2026年7月8日に決まった富山空港の新しい愛称です。
正式名称は現在も「富山空港」のままで、所在地や空港コードが変わったわけではありません。
名前に「高山」が入ったのは、世界的に知られる飛騨高山への空の玄関口であることを伝え、富山と高山を周遊する旅行者を増やすためです。
そして「すし」は、富山県が進めている「寿司といえば、富山」というブランド戦略を象徴しています。
さらに歴史をたどれば、富山湾で水揚げされたブリは越中街道を通って高山へ運ばれ、そのルートは「ぶり街道」と呼ばれてきました。
「富山」「高山」「すし」は、実は何百年も前から続く食と人の交流によってつながっています。
2026年9月29日の『火曜の良純孝太郎』では、新しい空港名を入口に、富山と飛騨高山を結んできた意外な歴史が大きな見どころとなります。
参考リンク
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