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昭和天皇の2つの「独白録」と東京裁判の舞台裏!寺崎英成・フェラーズと戦後日本の占領政策【時をかけるテレビ】

時をかけるテレビ

昭和天皇「二つの独白録」に隠された戦争責任と日米の思惑

2026年10月23日放送のNHK総合『時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜』では、1997年に放送されたNHKスペシャル「昭和天皇 二つの『独白録』」を取り上げます。司会の池上彰さんが、歴史学者の吉田裕さんとともに、昭和天皇が戦争について語った極秘文書の意味を読み解きます。

中心となるのは、1946年の春に昭和天皇が側近たちに語った内容をまとめた「昭和天皇独白録」です。1990年に発見され、大きな反響を呼んだ日本語の記録に加え、NHKの取材によってアメリカで英語版の存在が明らかになりました。

なぜ昭和天皇の発言が日本語と英語の2つの文書にまとめられたのでしょうか。そして、その英語版が連合国軍総司令部(GHQ)の関係者に渡ったことには、どのような意味があったのでしょうか。

戦争を始めた経緯に対する昭和天皇の認識、東京裁判をめぐる戦争責任の問題、マッカーサー率いるアメリカ占領当局の政策が複雑に交差する、戦後日本の出発点に関わる歴史ドキュメンタリーです。

※放送後詳しい内容が分かり次第追記します。

この記事でわかること

  • 昭和天皇独白録が1946年に作られ、1990年に発見された経緯

  • 日本語版と英語版の違い、寺崎英成とフェラーズ准将の役割

  • 東京裁判と昭和天皇の戦争責任をめぐる日米の動き

  • 1997年のNHKスペシャルが明らかにした事実と、歴史学者・吉田裕さんが考察するテーマ

昭和天皇独白録とは?1946年に行われた極秘の聞き取り

「昭和天皇独白録」は、1946年3月から4月にかけて、昭和天皇が側近たちの質問に答えながら、戦前から終戦までの出来事を振り返った記録です。

聞き取りは4日間、計5回にわたって行われました。内容は1928年の張作霖爆殺事件から1945年の終戦までに及び、昭和天皇自身がどのように政治や軍部の動きを認識していたのかを知る貴重な史料となっています。

主な特徴は次のとおりです。

  • 作成時期:1946年3月〜4月

  • 聞き取り回数:4日間で計5回

  • 記録した人物:宮内省御用掛の寺崎英成

  • 主な対象期間:1928年〜1945年

  • 主な内容:軍部との関係、開戦に至る経緯、戦争指導、終戦の決断

  • 公開:1990年の月刊『文藝春秋』12月号

  • 書籍化:1991年3月

聞き取りで得られた内容は、寺崎英成が手書きでまとめました。記録は寺崎家の資料として保管され、昭和天皇の死去から約1年後に公開されます。

それまで十分に知られていなかった昭和天皇自身の戦争認識が文章として示されたことで、戦争責任や天皇の政治的役割をめぐる歴史研究に大きな影響を与えました。

ただし、独白録は録音をそのまま文字に起こした逐語記録ではありません。側近たちの質問に対する発言を文章にまとめたものであり、作成時期や目的を踏まえて読む必要があります。

寺崎英成とは?昭和天皇の発言を記録した外交官

独白録の成立に深く関わったのが、外交官の寺崎英成(てらさき・ひでなり)です。

寺崎は1900年生まれで、外交官として活動した後、終戦後に宮内省御用掛となりました。昭和天皇の側近として、占領下のアメリカ側との連絡にも重要な役割を果たした人物です。

1946年の聞き取りは、寺崎を含む5人の側近によって行われました。この集まりは「五人の会」と呼ばれています。

当時の日本は、1945年8月の敗戦から間もない占領下にありました。旧日本軍の指導者や政府関係者に対する戦争責任の追及が進み、昭和天皇自身の責任も国際的な問題となっていました。

寺崎が記録した内容は、昭和天皇の過去の行動を振り返るだけでなく、戦後の政治状況とも密接に関係するものだったのです。

寺崎は1951年に亡くなりましたが、独白録とともに残された日記も重要な史料となっています。

1991年に刊行された『昭和天皇独白録 寺崎英成・御用掛日記』には、寺崎の記録や娘のマリコ・テラサキ・ミラーによる文章も収められています。

なぜ独白録は作られたのか?東京裁判との深い関係

独白録の作成目的を考えるうえで重要なのが、1946年5月3日に開廷した極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判です。

連合国は戦争を指導した日本の政治家や軍人の責任を追及していました。一方で、昭和天皇を裁判にかけるべきかどうかについても議論がありました。

独白録が作られた1946年春は、まさにこの問題が緊迫していた時期です。

歴史学者の吉田裕さんは、独白録について、東京裁判を強く意識し、GHQに対して昭和天皇に戦争責任がないことを説明する目的を持った政治的文書として位置づけています。

この視点に立つと、独白録は単なる個人的な回想ではなく、戦後の天皇制をめぐる重要な局面で作成された文書だったことになります。

ただし、その政治的目的と、記録された昭和天皇の発言がどこまで当時の認識を正確に伝えているかは、区別して考える必要があります。

1997年のNHKスペシャルは、こうした作成の背景に迫った作品です。

日本語版と英語版の2つの「独白録」は何が違うのか

1997年のNHKスペシャルで重要な発見となったのが、アメリカで見つかった英語版の独白録です。

日本語版は、昭和天皇が側近たちに語った内容を寺崎英成がまとめたものです。一方、英語版はその内容を英語で伝えるために作成され、アメリカ占領当局の関係者に渡りました。

2つの独白録を比較すると、単に日本語の文章が英語に翻訳されたという問題だけでは済みません。

1998年に刊行された番組関連書籍『昭和天皇 二つの「独白録」』では、日本語版と英語版の比較に独立した章が設けられています。

そこでは、次の点が検討されています。

  • 2つの独白録の構成

  • 英語版での削除と追加

  • 昭和天皇の発言の意味が変更されていないか

  • 英語版が作られた時期

  • マッカーサーが英語版を読んだかどうか

特に重要なのは、文章がどのように整理され、誰に伝えられたのかという点です。

戦争をめぐる昭和天皇の説明が英語で占領当局に伝わったことは、天皇の戦争責任をめぐる議論と直接関係していました。

英語版の存在によって、独白録を日本国内だけの記録としてではなく、日米間の占領政策に関わる史料として考えることができるようになったのです。

フェラーズ准将とは?英語版独白録を持っていたアメリカ軍人

英語版の独白録をめぐって重要な人物となるのが、ボナー・フェラーズ准将です。

フェラーズは、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの側近として活動したアメリカ軍人で、日本に関する知識を持つ情報将校でした。

NHKの取材班がアメリカで発見した英語版の独白録は、このフェラーズが保有していた文書でした。

フェラーズは、日本占領を進めるうえで天皇をどのように扱うべきかという問題に深く関与していました。

国立国会図書館が公開している1945年10月22日付の小林次郎の日記にも、フェラーズと日本側関係者による昭和天皇の戦争責任についてのやり取りが記録されています。

そこでは、元宮内次官の関屋貞三郎がフェラーズに対して昭和天皇を平和愛好者として説明し、フェラーズが側近の助言や東條英機の発言について言及したことが記されています。

つまり、独白録が作成される前から、昭和天皇の戦争責任をめぐって日本側とアメリカ側の間で働きかけが行われていたことになります。

この背景を知ると、英語版の独白録がフェラーズの手元にあったことの歴史的な意味がより明確になります。

マッカーサーとGHQが昭和天皇を重視した理由

戦後の占領政策を進めるアメリカにとって、天皇制をどう扱うかは日本統治の重要な課題でした。

1945年の敗戦後、日本はGHQの占領下に置かれました。マッカーサーは連合国軍最高司令官として、政治制度の改革や非軍事化、民主化などを進めます。

しかし、日本社会には長い歴史を持つ天皇制が存在していました。

天皇を戦犯として訴追することが占領統治にどのような影響を与えるのか、天皇制を維持することでどのような統治上の効果が得られるのかという問題は、アメリカ側にとって重要でした。

フェラーズは、昭和天皇を訴追せずに占領政策の中で位置づけることを支持した人物の一人です。

一方、日本側にも、昭和天皇の訴追を避け、皇位を維持しようとする動きがありました。

こうした両者の利害が交錯する状況の中で、日本語版の独白録が作られ、その内容が英語版としてアメリカ側に伝えられました。

その後、昭和天皇は東京裁判で起訴されず、皇位にとどまります。

1947年5月3日に施行された日本国憲法では、天皇は日本国および日本国民統合の象徴とされ、国政に関する権能を持たないことが定められました。

独白録は、戦前の天皇制から戦後の象徴天皇制へと移行する時代を理解するうえでも重要な文書です。

昭和天皇は戦争の原因をどう考えていたのか

独白録に記録された昭和天皇の説明は、1928年の張作霖爆殺事件から1945年の終戦までの出来事を対象としています。

その内容を理解するには、当時の日本の政治制度と、実際に行われた国家の意思決定を分けて考える必要があります。

明治憲法下の天皇は、軍の統帥権などの大きな権限を持つ存在でした。同時に、政治的な意思決定には内閣や軍部、側近など多数の関係者が関わっていました。

1941年9月6日の御前会議では、アメリカなどとの交渉がまとまらない場合に戦争へ踏み切る方針が確認されました。

さらに同年12月には対米英蘭開戦が正式に決定され、日本は太平洋戦争に突入します。

昭和天皇がこれらの過程でどの程度主体的に判断し、どのような影響力を持っていたのかは、歴史研究の重要な論点です。

独白録には、昭和天皇自身が当時の出来事をどう理解し、どのように説明したかが記されています。しかし、戦後に振り返って語られた説明と、戦時中に実際に行われた判断は、必ずしも同じものではありません。

このため、御前会議の記録や軍部の文書、側近の日記などと照合することが不可欠です。

昭和天皇自身の認識を明らかにすることと、その認識によって歴史的な責任の問題がすべて解決することは別なのです。

東京裁判の舞台裏で進められた戦争責任をめぐる攻防

東京裁判は1946年5月3日に開廷しました。東條英機ら日本の戦争指導者が被告となった一方、昭和天皇は起訴されませんでした。

この判断に至る背景には、占領政策、国際政治、連合国間の関係、日本側の働きかけなど、複数の要因がありました。

1998年刊行の関連書籍では、独白録の成立だけでなく、東京裁判に関わる舞台裏についても詳しく取り上げられています。

主なテーマは、アメリカによる天皇制の位置づけ、フェラーズの働きかけ、寺崎英成との連携、天皇を起訴するかどうかをめぐる動き、天皇の退位問題などです。

ここで重要なのは、昭和天皇が裁判にかけられなかったという事実と、昭和天皇にどのような歴史的責任があったのかという問題を混同しないことです。

東京裁判で起訴されなかったことは、戦争指導に関するすべての問題に司法的な結論が示されたことを意味しません。

独白録は、そうした戦争責任の問題が戦後の政治状況の中でどのように扱われたのかを知るための重要な手がかりとなっています。

1997年のNHKスペシャルが明らかにした独白録の意味

1997年に放送されたNHKスペシャル「昭和天皇 二つの『独白録』」は、英語版の発見を通じて、日本語版だけでは十分に解明できなかった文書の成立過程を追ったドキュメンタリーです。

重要なのは、昭和天皇が何を語ったかだけでなく、その言葉がどのような目的で記録され、誰の手に渡ったかという点にあります。

独白録の発見によって昭和天皇の戦争認識が広く知られるようになった一方で、英語版の存在は、記録そのものが占領期の政治的な動きと深く結びついていたことを示しました。

NHKは、番組の取材成果を書籍としてもまとめています。

  • 番組名:NHKスペシャル「昭和天皇 二つの『独白録』」

  • 放送年:1997年

  • DVD収録時間:49分

  • 語り:末田正雄

  • 関連書籍:『昭和天皇 二つの「独白録」』

  • 著者:東野真

  • 解説:粟屋憲太郎、吉田裕

  • 出版:NHK出版(当時の日本放送出版協会)

  • 書籍発売日:1998年7月1日

関連書籍には英語版独白録の全訳と原文も収録されており、番組で扱われた歴史的問題を文章で詳しく確認できる構成になっています。

歴史学者・吉田裕さんが解説する独白録の歴史的意義

今回の『時をかけるテレビ』にスタジオゲストとして出演するのは、歴史学者の吉田裕さんです。

吉田さんは日本近現代史や戦争史を専門とし、一橋大学で研究と教育に携わってきました。『昭和天皇の終戦史』など、天皇の戦争責任や戦後日本の歴史認識に関わる著作があります。

1998年に刊行された『昭和天皇 二つの「独白録」』にも解説者として参加しており、この問題を長年研究してきた人物です。

今回の番組では、1990年に独白録が公開されたときの衝撃や、史料が持つ歴史的な意義について語ります。

昭和天皇自身の発言が残されていることは大きな意味を持ちますが、一つの史料だけで戦争の全体像を説明することはできません。

発言を記録した人物、文書を作成した目的、当時の政治情勢、別の史料との一致や相違点を確かめる必要があります。

2つの独白録は、歴史的な記録をどのように読み解くべきかという、歴史研究そのものの重要な問題を考える材料でもあります。

2026年の「時をかけるテレビ」で改めて問われること

1997年のNHKスペシャルが放送されてから29年。今回の『時をかけるテレビ』では、当時のドキュメンタリーを通して昭和天皇の独白録を改めて見つめます。

番組の中心となるのは、次の3つの問題です。

第一に、昭和天皇は戦争の原因や自らの関与について、どのように説明していたのかという問題です。

第二に、その説明がなぜ1946年という時期に記録され、英語版としてアメリカ側へ伝えられたのかという問題です。

第三に、戦後の日本を占領統治したアメリカが、昭和天皇と天皇制をどのように位置づけようとしていたのかという問題です。

一連の出来事は、独白録を作成した日本側だけでなく、その文書を受け取ったアメリカ側の視点からも考える必要があります。

独白録に記された昭和天皇の言葉と、文書が作られた歴史的背景。その両方を読み解くことが、今回の番組の大きなテーマとなっています。

まとめ

2026年10月23日放送の『時をかけるテレビ』では、1997年のNHKスペシャル「昭和天皇 二つの『独白録』」を通じて、戦争責任と戦後占領政策の歴史を振り返ります。

1946年に寺崎英成らがまとめた日本語版の独白録と、アメリカで発見された英語版。2つの文書の成立過程には、東京裁判をめぐる日本側の働きかけと、マッカーサー率いる占領当局の政策が関わっていました。

昭和天皇の戦争認識だけでなく、その発言がどのような目的で記録され、どのように利用されたのかを考えることが重要です。

歴史学者・吉田裕さんの解説を交えながら、戦後日本の出発点に関わる独白録の意味を読み直す60分です。

参考リンク

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